つれづれなるままに・・・ウトウトと!(No2)


目次

  1. プリンセスダイアナの死
  2. お荷物は団塊の世代か?
  3. 教育(校長)批判の拠り所
  4. Macユーザーじゃないけれど
  5. 最近の若者はバカ者か??
  6. パソコン雑感
  7. 今日の北朝鮮の危機的状況から日本の終戦時の昭和天皇の役割を考える。
  8. 一つの信号機のいわれについて
  9. 音楽はなぜ人々に感銘を与えるのか?
  10. 余裕がほしい
  11. 科学万能主義批判の批判
  12. 再び、我々は何処からきて、何処へいくのか?弁証法的唯物論の誤謬??
  13. ケ小平以後の中国
  14. 無償の行為
  15. 発想の原点の相違からくる教育観
  16. 雪について
  17. ミズスマシのこと
  18. 銀河鉄道の夢
  19. 正月風景
  20. 落合の選択と清原の選択
  21. いつまで続く新薬開発の不祥事
  22. 日本になぜキリスト教が定着しなかったのか?
  23. 言葉(訛り)と文化的優位性
  24. 故郷考
  25. 囲碁と将棋
  26. 最悪の選挙区
  27. やっぱりおかしい選挙制度
  28. 困った機械
  29. 受験生
  30. 今の政治状況
  31. 生命の引継ぎ
  32. 或る心構え十ヶ条
  33. 犬の散歩で気付いたこと
  34. 臓器移植問題
  35. Yさんのこと
  36. マルクスは何処で間違ったか?
  37. 中国について
  38. 我々は何処からきて何処へ行くのか?ゴーギャンの問いに対する1つの自己納得
  39. プラス思考のすすめ
  40. 働いている時間は、囚われの時間か?
  41. 人の能力差について
  42. ジョギングのすすめ
  43. 教師の仕事

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プリンセスダイアナの死

プリンセスダイアナが交通事故で劇的な生涯を閉じたが、その一報をテレビの速報で知ったとき最初に浮かんだのは、これは殺されたのだ と思った。

アラブの富豪のプレイボーイの御曹司とのデート写真が報道されて間無しのことであったので尚更である。

この時期の、ダイアナの死で最も利益(?)を得るのはイギリス王室である。

チャールズの離婚騒動で地に落ちたイギリス王室にとって王政存続の危機にある。王政の存続の為には後継者チャールズは諦めるとしても、その息子のウイリアム王子の王位継承が最後の拠り所であったはずである。

だから、その王子の母、ダイアナのスキャンダルにはイギリス王室は頭を悩ませていたのは想像に難くない。

それが、こともあろうに異教徒のアラブの富豪との再婚という事態が現実のものとして生じたのだからこれほどのスキャンダルはない。最後の切り札王子の王位継承にも関わる、英王室にとっては最大の危機と感じただろう。

まさに、その時の「交通事故」。しかも、運転手を含む、当事者の2人の死亡で終わった。偶然にしては、あまりにもできすぎている気がする。

パパラッチの所為にされているが、むしろこれは本質から目を背けさせる策謀といえなくも無い。

高度に進んでいるであろう、国家諜報の組織にとってはこれくらいの「事故を装う」ことぐらいは簡単なことなのではないだろうか。

フランスとイギリスの国家間の問題でもあるので、フランス司法当局もめったなことは言えない重大で事件であるあるだけに、そうであったとしても真相は歴史の闇に葬り去られるだろう。

つらつらと、こんな疑念が浮かぶのは、何事も疑ってみなければ気が済まない悪い性分の僕だけだろうか?

97/09/07

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お荷物は団塊の世代か?

国民福祉と医学の進歩のお陰で日本人の平均寿命は延びつづけている。

このこと自体は、喜ぶべきことなのだが、これから先は暗雲が立ち込めている。

長寿社会出現に大きな働きをしていた国民医療はここへ来て破綻を来しつつある。

この9月からは、医療費引き下げの為に自己負担の増加が行われる。

医療は、いわゆる需要と供給の緊張感から成り立つ資本主義経済メカニズムに馴染みにくい事柄である。

国民皆保険制度の自然の歯止めが利かないところを悪用する悪徳医者の為に、過剰投与、過剰検査で国民経済における負担が増加したのも原因の一つではあるが、真の原因は、高齢者人口が増え病人の絶対数の確実な増加が最大要因である。

後10年もすれば、いわゆるわれわれ団塊の世代が老齢期に達し,一機に老人人口が増加する事態になる。

その時は、医療だけでなく、年金の破綻は目に見えているし、扶養(不用)国民の増加で国民経済全体の活力の低下、もしくは破綻も十分予測される。

この確実に予想される、深刻な事態に果たしてどれだけの人が気付いているのだろうか。

特に当事者たる団塊の世代の人たちのこのことに関する関心の無さに、苛立ちを覚える。

戦争の第2次犠牲者とも考えられる、この世代は、生まれたときからそんな立ち回りを運命付けられている。

学校は、戦前、もしくは戦後に応急で建てられたおんぼろ校舎にすし詰めの授業、そして、過酷な競争を強いられ、

社会に出た時は、安い労働力として日本の経済発展に使うだけ使われて、しかるべき年に

なればポスト不足で、年功序列は破綻し挙げ句の果ては、実力主義の能力給という名のもとの賃下

げ最悪はリストラ要員、それでいて定年になれば年金の破綻で老後の保障もなく斬り捨て御免のたれ死もありうる呪われた世代。

事態は、これからますます深刻度を増すというのに競争に疲れ果てた哀れな団塊の世代は、屠殺を待つ哀れな羊の群れのように従順である。

嫌な時代になってきました。(1997.8.30)

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教育(校長)批判の拠り所

神戸の酒鬼薔薇事件や、奈良月ヶ瀬の女生徒殺害事件とここの所立て続けに被害者、加害者とも同じ学校の出身者が関係する凶悪犯罪が起こった。

こういった事件では、マスコミの矢面に立たされるのは当該校の責任者である校長になる。

特に、神戸の事件では、少年法とかに守られた格好で、本来ならマスコミ攻撃の第1の標的になるべき犯人の「人権」保護のためにそれが叶わぬ不完全燃焼のもって行き場のない一般大衆のフラストレーションのはけ口にされ、一際当該中学の校長に対する批判が増幅された。

マスコミの取材攻勢に対する応答が、感情を交えぬ官僚的答弁に終始したことが格好の攻撃目標になってしまった。

朝日新聞の「声」の欄にすらも、自分の体験した昔の校長のイメージからこの校長がいかにかけ離れた人間味のない責任逃れの官僚的な体質の持ち主でけしからんという主張の投書を掲載していた。

どこの組織でも、上になれば何をしても好き放題貶されるのが世の常といえばおしまいだが、それらの批判に対して一般的に陥っている共通した判断の間違いを指摘したい。

今と昔の比較をする場合、判断をする人は同じであるが自意識の連続性ゆえ、その情報を仕入れた自分自身の変化にはまったくと言っていいほどに気づいていない。

自分が幼いときに見上げて接した校長に対するイメージと、大人になって同じ目線で接した場合は、当然違っているはずである。このことは、幼いときと現在をタイムトンネルでもない限り、同一人物が同時には体験できないのでどの程度違うものかは実証はできない。

しかし、その相違が実際にかなり有ることには次のような体験を持つ人なら容易に推測がつくことと思う。

生まれてから10年ぐらいで、都合により生まれ故郷を離れた人が、大人になってから再び故郷を訪れたとき、故郷の光景がまったく違ったように感ぜられるであろう。

記憶では、かなりきつい坂道であったものが、そうたいした坂ではなかったり、広い道だと思っていたのが案外狭かったり、遠く感じていたのが近かったり等々、体験する側の歩幅、目線の違いでその感じ方は相当違うものである。

当然、これと同じことが「校長」のイメージにも有るはずである。この場合は、歩幅や目線と言った物理的な要因だけでなく、加齢に元づく体験からの知識の蓄積(いわゆる成長)も大いに影響しているはずである。

僕は、その上にちょっと特殊な経験からもこの違いの大きさを実感している。

僕は、6年一貫の私学で中学高校を過ごしたが、縁あって会社勤めの後、卒業後17年ほどして母校の教師になった。

私学では、公立などとは違い転勤もないので退職でもせぬ限り同じところに勤めるのでまだ多くのかっての恩師と同じ職場に勤めたわけである。

そこで、同じ人に(もっともこの場合は、相手も加齢しているのでまったく同じではないが)、生徒として接した時のイメージと、同じ職場で働く同僚として接したときのイメージには大いに違うことを体験した。

いい先生だと思っていた人が、案外利己的であったり、また、おとなしくあまり存在感のなかった人が実力者であったり、当然のことながら、教師も普通の人間、会社であろうが公務員であろうが色々な確執が交差するどこの世界とも違わぬ普通の社会なのである。

そこでの体験から感じた僕の感想は、子供の人を見る目は「甘い」の一言である。その甘い体験をもとに固定した基準で、現在の同じ目線での「校長」や「教育」を批判しているのが投書氏を代表する大方の意見なのである。

校長や教頭は、漱石の時代から「官僚」的、「管理者」的であったのである。当然それが彼らの職責であるのであるから。

(1997,8,17)

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Macユーザーじゃないけれど

Macの経営危機が叫ばれて久しいが、ついにライバル、マイクロソフトの支援を受けるという。

アップル社は創業以来、ユニークな人材で独自の路線を歩んでいたことは知っていた。

その発想は素晴らしく使い勝手の良さ等で技術的にはマイクロソフトを凌駕していたらしい。

しかし、その技術を過信し、利益を独占しようとしたことが裏目に出てしまったようだ。

かってビデオの分野で、ソニーのβ方式がVHS勢力に負けたのに似ている。

熱烈なMac信者にはニックキ敵の軍門に下るのだから大変なショックらしいが、そんな感情は僕にはない。別の観点からやや憂慮している。

というのは、落ち目になっていたとはいえ因縁のライバルであったアップルを食べてしまったマイクロソフトにとっての不幸の始まりになるのではないかと思ったりする。

ライバルのいない分野は、どんな分野でも同じだが謙虚さを失い堕落するというのが世の常である。

肥大化した緊張感なき帝国は必ず内部から腐ってくる。

ひいては、そのつけがわれわれユーザーに何れは廻ってくるであろうと思われる。

この1年間の、いやWINDOWSを開発したマイクロソフトのすざましい熱気は、商売では勝っていたが技術面でのコンプレックスが原動力であったはずだ。これらの緊張感無きMicrosoftはこれからどうなるのであろうか。

 

1997.8.8

 

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最近の若者はバカ者か?

最近の若者は、礼儀知らずで自分勝手、創造力はなく衝動的、自己主張、権利意識は旺盛だが、耐えること、義務感に乏しい、そのくせ受動的とさんざんである。

これらは、すべて、受験体制、偏差値の現代教育の欠陥で、徳育を重視した教育の改革が必要であるとどこかで叫んでおられる。

世の中お受験中心の今の教育が良いとはいわないが、しかし、戦前の厳しい徳育を授けられたご老人が決していいとは思わない。

我が住宅地の万年青年会(老人会)にあっても、普遍的なつまらぬ人間のいざこざが跡を絶たない。

戦中に教育を受けた、6070歳ぐらいの年代の人だって、結構利己的である。

われわれの、団塊世代は、粗製濫造の時代で決していい人間ができているとは思われないのは当然としても、共通一次、センター試験世代と本質的なところは変わっていない。

大人は自分の子供時代を幼い子供の目から体験した記憶しかない、だから当然評価は稚拙であったのにそれに気付いていないで、大人の目から見た今の若者の評価と同等に見ているところに大きな錯覚が生じている。

結構自分たちの子供の時もいい加減であったはずであることを忘れている。よい例が1つある、我が子が自分の思ったように勉強しないと嘆いている親が多いが、問いただしてみると自分も子供の時には結構サボっていたりする。にもかかわらず我が子にはこれくらいのことがどうしてできないのかと大人の物差しで完璧を要求するのだから親とは勝手なものである。

また、いつの次代の若者もそうであったのだが若者たちは若い有り余る生命力を楽しむので忙しく、去り行く運命にある自分たち年寄りの方を向かないからという僻み心が、ますます老人をして、今時の若者は!!という心境に陥らせてしまうようでもある。

ただ、「徳育」を学校ですることが何の効果も無いことだけは歴史が証明していることを、このような意見を吐く老人に言っておきたい。(1997.6.20)

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パソコン雑感

パソコンをはじめてもう1年になる。果たしてどれだけの時間を費やしたのだろうか。

使うにつれ、それなりにこの機械の大凡の輪郭はつかめる様にはなってきたが理解の現状を維持しておくだけでも大変なエネルギーを要する。

時々、パソコンを使っているのかあるいは、パソコンに使われているのか,いや、そんな生易しい段階ではない。まるで、パソコンに囚われてしまったような錯覚さえ覚える。

結局、膨大な時間をパソコンに盗られてしまっている。事実、毎年描いていた油絵もパソコンが来てからはさっぱりである。

確かに、時代の先端の話題にだけはついていけるようにはなった。しかし、それ以上には何があるのだろうかと時々自問自答してしまう。

Web、とはうまく名づけたものである。クモの巣のごとく次から次から情報は広がっていく。

検索エンジンで自分の項目を引くと全く知らぬところに、適当なコメントを付けて、リンクされていた。

公開している以上、隠すことではないので別にかまわないが、なんとなく不気味なものも感じがあるのも禁じ得ない。

昨年からは、あるMLに参加している。いくつかのMLを覗いてはみたが、続いているのは2つくらいである。

しかし、このMLの世界も奇妙な空間である。見も知らずの人が、経験、年齢、距離を超え会するのであるから考えてみれば奇妙な出会いでである。

相手を知る唯一の情報は書かれている文章だけであるが、これで結構人柄がわかるから不思議。

人間には相性というものがあるが、今までの経験では、少なくとも生身の人間に会って初めてそれを自覚できるものと理解していた。

しかし、人相や声、容貌、体臭など、おおよそ他人を判断する主要な要因と思われているこれらが排除された文章だけのやりとりのMLの世界にあっても尚相性を感じるのは、高等な精神世界を有する人間に特有の現象であろうか。

インターネット恋愛が現実にあるのもうなずける訳である。

別段用事もないのに、E-Mailを開くのがなんとなく習慣になってきてしまった自分って客観的に見ればやはり変、お宅の手前? 否、そのものかも??

1997.6.9

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今日の北朝鮮の危機的状況から日本の終戦時の昭和天皇の役割を考える

外から見ているとまるで世界史の流れから取り残されたような、今日の北朝鮮の状態である。

小さな子供が飢え苦しんでいるのに、一方では金日成を追悼する事業に莫大なお金を使って精一杯の国威発揚に励んでいる姿に哀れみを禁じ得ない。

東西冷戦の時代であれば、西側の報道は必ずしも真実を伝えていないと疑うこともあったが、ソ連の崩壊後報道には当時ほど政治的な配慮は薄れているのは事実だが、仮に、そういったことに十分注意を払ったとしても垣間見られる北朝鮮空の映像から、状況がきわめて厳しい状況であるといわざるを得ない。

国民が飢え死にする寸前にあるのに、この間違った国家体制がすぐには自壊する兆候が見られない点では西側の情報筋の一致した見方であるらしい。

この異常な北朝鮮の状況は、太平洋戦争末期の日本の状況に似ているのではないかと思われる。

世界史の流れでは、とっくに日本の敗戦は決まっていて、連合国の間では戦後の世界秩序が話されていたというのに、日本国内では竹槍で持って戦車に戦いを挑むことを真剣に考えていたのだから、あの当時、外国から見た日本の立場は、今の北朝鮮同様、理解できない状況であったものと思われる。

冷静さを失い、集団ヒステリックにあった当時の軍事政権の中枢からは、国家的レベルでの集団自決をも視野に入れた日本の破滅のシナリオを突っ走ることしか選択肢はなかったのであろう。正に滅びの美学である。

歴史の結果から見れば、破滅の選択を阻止したのは、昭和天皇のポツダム宣言受諾の無条件降伏の決断であった。

終わってみれば、集団催眠にかかったような当時の異常さに皆は気付くのに、その只中にいるときにはほとんどの人は何もできないで異常な体制を支えている側にいるものである。

そういった中で、歴史をかえ得る立場にあったのは唯一天皇ただ一人であったろう。その彼が、やや遅きに失した感は否めないにせよ、最後に自らの任を悟り決断したことは、冷静に評価して良いのではないか。

太平洋戦争については、天皇の果たした責任は当然重大であることは紛れもない事実であると思うが、戦後、東京裁判で天皇を裁かなかった連合国の現実主義的判断は、このことを考慮したのかどうかは知らないが、今から思えば成熟した素晴らしい選択である。

いまの北朝鮮に、昭和天皇の役割をになう立場にあるのは、当然金正日だと思うが、彼にはそれを決断する勇気も思慮もなさそうである。そのことが、今の北朝鮮の人民の最大の不幸であろう。

悲劇は最小限で収まってもらいたいと願わざるを得ない。

(1997.4.15)

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一つの信号機のいわれについて

住宅地を出て少しいったところに国道24号線バイパスがある。 市内に向かっていくとコナベ古墳の堀を右手に見て、緩やかな右カーブを上り切ったあたりに、里道の横断道路があるがそこに最近押しボタン式信号が出来た。

 この信号機がなぜ出来たのか、市の広報に載ったわけでもなくあるいは新聞に載ったわけでもないので、ほとんど誰も知らない。

 横断歩道の中ほどの中央分離帯の片隅にかなり前から小さいお地蔵さんが一人立っている。車からしか見ないがいつも新しい花が供えてある。

 数年前、魔の夕暮れ時、家路を急ぐ中学生が自転車ともどもここで車に跳ねられ亡くなったことが新聞の地方版に小さな記事で載った。次の日に偶然そこを通ると、水で流した血痕の跡が生々しくまだ道路の端に残っていたのを覚えている。

 昔からあった里道を横切るように、国道のバイパスが出来たが、当時は人の往来もほとんどなく、車の通行もそれほど多く無かったためか、この横断道には信号はおろか、さしたる標識もなく、車からすれば、予期せぬところに唐突に横断歩道がある構造的にきわめて危険な道路であるなと、以前からここを通るたび思っていた。事実、前述のお地蔵さんは、この中学生の事故の前からそこにあったもので、その危険性はずっと前に実証済みである。

 この中学生には、直接の面識はないが、この住宅地のご近所であったことを後で知った。その当時、我が娘も通学にその道を自転車で通っていたのでとても他人事とは思えなかった。

 バイパスができた頃より最近は住宅地が開発され急激にこの道路の周辺環境は変わりつつあるのに、何ら改められず、この界隈の道路構造は、極端な車中心の設計で、歩行者や自転車などの交通弱者に対する配慮を全くとしてしてしていない欠陥道路であることに気付き愕然とした。これでは、車が無ければ陸の孤島に等しいではないか。

 そこで、僕の中・高校時代の同窓生に奈良市会議員がいるので、彼に何とかならないか頼んでみた。

 いろいろ調べてくれたらしいが、その時の返事では、「国道は国の管理なので、市ではどうにもならん。」とのことであった。それでも、一度、市議会の一般質問でも取上げてくれたのは知っているが、それ以後の経緯は知らなかった。

 先日、ここに点滅信号が出来ているのに気が付いた。吃驚して彼に電話した。あれからもいろいろ動いてくれていたらしい。

 公共事業に群がる土建屋の利権の巣窟のような地方議会において、手柄話を吹聴するでもなし住みよい町作りに黙々と汗を流す彼のような真面目な議員もいるのだな、とすがすがしい気分になった。 これからはあの横断歩道では、もう新たな犠牲者は出ないことだろう。

 考えてみれば、住み良い町はほうっておいてかってにはできないものである。誰かが、なんらかの形でかかわり、働いてくれている積み重ねの結果としてできているものだということに恥かしいながら初めて気が付いた.

 一つの信号機が付けられた経緯を知って、なんだか政治の原点を見る思いをした。

本当に、市民が必要なことを市政に反映してくれる、それが本当の政治家ではないか。

 僕は、元来日本の政治家(屋)、及び政治にはあまり良いイメージを持ていないが、もう地方議会では5期目になろうとするベテランであるのに、彼からは政治家一般からうけるそういった「臭さ.らしさ」が感じられない。これが本当の市民の代弁者と思う。

 彼のような人が、これからも議員として活動し続けられることが、奈良市民の良識がまだ生きている""ではないかとすら思っている。

(1997.3.31)

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音楽はなぜ人々に感銘を与えるのか?

ショーペンハウアーによると、この世界の現われ「表象」は、その根本原因の「意志」によるとされる。

この根本原因の「意志」とは、ほとんど「神」に置き換えてもいいらしい。

そして、芸術の本質は、世界の根元たる「意志」を何らかの仕方で人間に触れさせることにあるという。

だから、芸術は無条件に人々の魂を揺さぶる。

絵画や彫刻は文学などはある形(知覚表象)を介して我々の魂に働くが、音楽だけは、「直接的」に人間の魂に伝える特権性を有している芸術であるとした。

したがって、ほかの芸術がイデアの模造であるのに対し、音楽は「意志」そのもの、すなわち「神」そのものの模造であるとした。

このような、世界を神の意志とする考えは哲学的にはニーチェからサルトルに続く実存主義や、あるいはマルクス主義等により20世紀までには哲学的にだいたい死滅したらしいが、それ以外の領域においては今なお根強く残っている。(だから今なおノストラダムス信仰やカルト集団が存在する)

それは、まだ我々はこの宇宙を科学的に完全には解明できていないところに由来する。

人間は自分の周りのあらゆる事象に対して、常にその原因を特定せずにはおられない本性を持っている。そこで、考えてもわからない事象は、最終「神」の所為にしておけば一応の自己納得が得られるからであろう。

良い音楽はというものは、万人に時代を超えて感動を与える。なぜ、感動を与えるのか理由が分からない。そこで、感動を与える事実を捉えて、これは、高度に発達した精神活動が正に選ばれたものの証であって、それ故に人間だけが形のない音階を通じて、直接神に触れられる存在だからと言われれば、今でもそれを信じる人は少なからずいるものと思う。

しかし、僕は徹底した唯物的立場に立っている。高度に発達した人間の精神活動もその起源は脳を構成している物質の基本単位の性質の複合でしかないと思っている。分子や原子は特定の波長の電磁波に共鳴してエネルギーを吸収するように、物質にとっての都合のよいリズムが存在すると考える。

もう少し突き詰めて、どういう物質がどういう音階で如何様に反応するのかが分かってくると、きっと物質にとって都合の良い音階が証明されると思う。このように、科学的方法でその仮説を実証的に検証することによって、新しい科学的認識論が成立する。

また、良い音楽は、人間以外の動物にもよい効果を表すことが知られており、今では一人 人間だけの特異な現象ではないことが証明されている。

たとえば、乳牛や鶏に良い音楽を聞かすと、乳や産卵が増えるなどが知られている。自分でも試してみたければ、飼っている犬に試すとよい。犬は騒音を聞かすと苛立つが、名曲を聞かすと安らぐ。

苛立たせたり、安らぎを与えたりする音楽は、共通しているのは、これらの動物では、採音に関するメカニズムが類似しているからであろうことは十分予想できる。

ねずみや、蛙、バッタ、細菌、あるいは培養細胞等、果たしてどの程度までそれらの効果が認められるのか実験してみるのも面白い。

あるいは、植物ではどうであろうか。ある温室栽培では、名曲を流したら作物の育ちが良いと言う話を聞いたことがあるが、大方の反応は半信半疑である。しかし、科学的方法とは実証すること、疑問を感じたらすぐ実験してみる価値はあるのではないかと思う。

細胞レベル、あるいは原子レベルまで溯って、良いリズムに共鳴する機構があるのかもしれない。

(誰か金と暇と設備と興味がある人いませんかね。科学は理屈より実証ですが、残念ながら今の僕には不可能です。)

これからは、科学的方法の発展が、今までは踏み込めなかった人間の精神活動のメカニズムまでも研究の対象とし、物質レベルでの解明を可能にしていくに違いない。

そうすれば、まったく新しい科学哲学とでもいうべき21世紀の哲学体系がができるのではないかと思う。
(1997年 3月 27日)

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余裕がほしい

世の中にはさまざまな人がいるのは当然と、理解する余裕を持っているつもりだが、こちらがそのつもりでも相手がそうでない場合困った事態になる。無視をして逃げるのもなんとなく悪そうなので、一応こちらの主張を言っては見るがとんと話がかみ合わない。

どういうことかと言えば、話は長くなるので簡略に解りやすい例を挙げると、「泥棒(殺人者)もいないような社会は、危険である。」といえば、真顔になって「あなたは泥棒(殺人者)を認めるのですか。」と突っかかってくるような習性を持つ人々がいることである。

表面上は泥棒の存在を認めてはいるが、何も積極的に是認しているわけではないことは、賢明な読者にはご理解いただけることと思うが彼らにはとんと話が通じない。

蛇足とは思うが、一応説明すると、不完全な人間社会、完全に統制するにはすごい権力による管理が必要なので、それでは泥棒がいなくなっても社会全体が高度に管理された自由のない状態に陥ってしまうことを懸念した意見であるのにそれが分からない(正に彼らが権力を握るとそういった社会にしてしまうと危惧されるが)。

こういうことをいちいち噛み付かれたのでは、筒井康隆氏でなくとも、何も言う元気がなくなる。まさに揚げ足取りの、「為」にする意見であるとしか思えない。

真面目な正義感の強い人たちとは思うが、こういった人たちに権力を握られたら歯止めが利かなくなり恐ろしい事態になることだけは十分予想できる。

時代の批判者としては認める余裕を多数派は持つべきではあるが、不真面目で小心者の僕にあっては、これらの人々が多数を占めるような社会にはなって欲しくはないと願わずにはおれない。(1997.3.25)

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科学万能主義批判の批判

最近は科学技術に関した問題が多い。その中でももっとも議論が集まるのは、次の2つの事柄についてであろう。

一つは、原子力発電に関して、先の増殖炉もんじゅの事故に次いで、今度の東海村の動力炉、核開発事業団の再処理工場爆発事故が起こったためにこの技術の完成度に対する疑いが生じている。

もう一つは、生命科学に関するもので、その中でもイギリスのロスリン研究所で生まれたクローン羊、ドリーの話題は人々に強い衝撃を与えた。

急速な科学技術の発達は、時として人々の理解の範囲を越えてしまう場合がある。そういった時、それらの技術の否定もしくは抑制の世論が巻き起こる。

かっては、産業革命時のイギリスでラダイト(機械打ち壊し)運動が起こったが、これに近いことはそれ以後労働運動の反合理化闘争の一環として続けられている(たとえば、電話交換機の自動化反対や郵便番号の反対など)。

しかし、結局は支持を得られず、当初の問題もいつのまにか吸収され、歴史は常に技術の恩恵を優先してきた。

このことに関しての象徴的な出来事は、交通手段についてであろう。

初めて蒸気機関車を見た人は、悪魔の乗り物と恐れおののいた。しかし、その便利さ故に結局鉄道は発展の一途をたどっている。

新幹線が出来たとき、騒音を撒き散らすそんなに速い乗り物は要らないという人々がいたが、そのスピード競争は今も続いている。

飛行機にしてもそうだろう。超音速コンコルドは経済性のために後続が続かなかったが、しかしそのスピードに対する挑戦は経済性との整合性を持たせて続いている。

3時間で行くところを2時間にして何になるのか、という意見は常にあることはあるが、しかし、人々は1分でも早いものを理屈なしに選んでしまうものなのだ。

人間は高度に発達した大脳のおかげで、他の生物に見られないほど知能が高く、それに付随した属性として好奇心が旺盛である。また直立歩行により自由を得た手と知能により道具を使えたところが、他の動物とは異なり特異な発展を遂げた理由である。

すなわち、人間にとって技術は人間足らしめておる不可分な要素である。いわば、アダムとイブがりんごの実(知恵の実)を齧ったときから運命付けられた関係なのである。

科学は人間の外にあるものではなく、ある意味で言えば人間そのものであるといってもよい。したがって、科学を否定することは自身を否定してしまうことになり、最初から不可能なことであることに気付かねばならない。

歴史を見ても、かって科学技術によって生じた問題は、いろいろな試行錯誤はあっても結局は科学技術の発展の中で解決されるしかなかった。

人間の知的好奇心からくる科学技術の発達は、それ自身で自立性を持っている。その成果は、社会(人間の意識)の発展変革に確実に寄与し、人間の歴史の方向を決定する最大要因である。

コペルニクスの地動説の例を挙げるまでもなく、科学技術の発見進歩が、社会変革に寄与した例は多い。

それらが、その時の社会に害があると思われても、それを否定しようとする運動にも結局は打ち勝ち社会を変革してきた。

現在的な例では、20世紀を代表する3大思想(ニーチェ、マルクス、ダーウィン)のうち、結局残ったのは、皮肉にも哲学的には「正しい認識」から最も遠い非道徳的なダーウィンニズムだけではないか。しかし、それはやはり科学的に「正しい認識」であったことに他ならない。

コペルニクスのように劇的ではないが、人類が月から地球を眺めた経験は人々の意識に多大な影響を与えた。

真っ暗闇に浮かぶ、ブルーに光り輝く地球が薄い空気で覆われている有限な小さい天体である認識は、環境汚染に対する共通の認識を形成するのに多大の貢献をしている。(一例として、フロン規制は世界的に短期間で合意が出来た)。

巨大技術による大量生産大量消費は、環境を始め資源問題等さまざまな矛盾が発生しているが、総体としては人々の福祉に多大の貢献をしている。そして露呈した問題点も、分析技術の発展などにより、微量の有毒物質の検出が可能になり、速やかに改良が加えられるようになってきた。

しかし、日々複雑巨大になる科学の発展にいずれは押しつぶされるのではないかという危惧は常に出てくることはやむを得ないであろう。

だからといって、この方向性を止めることは不可能であることは先に延べたとおり、これが人間の性なのである。

其の為に、たとえ結果的に人類が滅亡したとしてもそれは必然で仕方がないことだと思う。

しかし、実際は、歴史は過去の解説は出来ても未来の予想はほとんど不可能である。

ただ、20世紀も終わりになった現在少し見えてきた、このコンピュターに代表される情報技術と、生物科学のクローン技術はもはや押しもどすことは出来ない潮流であろう。これらの発展が21世紀の意識変革に予想も出来ない革命的な影響を与えることだけは予感できる。(1997.3.22)

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再び、我々は何処からきて、何処へいくのか?弁証法的唯物論の誤謬??

世界は神の意志の反映であるとする立場は、一部の熱心な宗教家以外はもはや信じる人は少ない。

神があるとするならば、それは我々の意識の中にある共通の妄想であると言うのが一般的な理解である。

これは、19世紀半ばにマルクスやエンゲルスにより形成された弁証法的唯物論、すなわち、世界の本質をみずから運動し発展する物質であるとし、意識の源泉を物質的な基盤から引き離した絶対的精神(神の存在)に想定せず、物質の発展段階としての特定の有機物(すなわち脳)の所産であるとする考えが基本的に正しい認識であり、哲学者でなくても20世紀の大衆に広く認められた結果であろう。

認識(知識)は、人間の実践を通じて得られた物質の本質の忠実な模写の過程であり、世界は、この認識活動も含めて相互に連関する諸過程で、それぞれ相互に矛盾し排除し合う諸側面の闘争が質的な飛躍(止揚)を含んで、低次元なものから高次元なものへと進む無限の発展過程であるとするする解釈は現在においてもそれを覆す批判は考えられず概ね正しいと思う。

この弁証法的唯物論を、人間の社会に適用し、人類の歴史の過程を解き明かした史的唯物論は、神の意志によらない新しい歴史観を確立した。

20世紀はあたらしい歴史の実験の世紀であった。1917年のロシア革命はマルクス主義の輝かしいデビューであった。それまでの歴史が受動的であったのに対し、初めて理性が能動的に歴史を創世したかに思えた。

ナチスドイツや日本帝国主義が、民主主義の前に定義通りに滅んでいったその裏で、輝かしい革命理想がスターリン主義により変質されていったことに多くの人は気が付かなかった。

理論的には、滅ぶべき運命にあった資本主義が生き残り、社会主義を標榜していた国々がかくも無残な終末を迎えるとは誰が予想したであろうか。

まだソ連が元気であったころ、盛んに社会主義の優位を説いていた社会科学者たちは生き恥をさらすのがかなわないのか何処へ隠れてしまった。

科学的態度とは、実験的事実の前には、どんなすばらしい理屈(仮説)も引き下がらざるを得ない。

科学的社会主義は、科学的を標榜する以上皮肉にも自らの仮説の誤りを謙虚に受け入れなければならないのだろう。

しかし、これだけの大きな歴史のうねりに対して、正しい総括が必要なのではないか。

当初からいわれていたように、社会主義革命はマルクスが想定しなかった高度に進んだ資本主義国ではなく、封建制に近いロシアで起こってしまったのが間違いの始まりだったのか(適応の間違い)、それとも史的唯物論が解き明かした物質的生活の生産様式の必然的発展が社会主義から共産主義に至るという仮説そのものの間違い、若しくは欠陥なのかの論議をするべきではないのだろうか。

原始共同体、奴隷制、封建制、資本主義に至る過去の歴史の分析においては史的唯物論を超えるものは見当たらないと思うが、皮肉にも来るべき未来社会を予言した、この史的唯物論に従うなら、物質的基礎を成す生産関係(土台)は社会主義や共産主義ではなく、競争原理に基づく資本主義であることが実証されたことになる。

しかしこのことが、世界の本質をみずから運動し発展する物質とするマルクスの弁証法的唯物論の誤謬の証明にはならないだろう。

人間の行動を規定する意識(あるいは心、精神等)が、それを支えている物質の所産であるすることの考察は、それらによって引き起こされるもろもろの事象、すなわち人間の思考性、行動や、集団としての歴史の発展などの分析が、物理や化学現象と同じように扱えることを可能にした。

すなわち、水素や酸素、水などの分子の世界の振る舞いとの共通性として理解される。

エンゲルスは、その著「自然の弁証法」で弁証法の諸法則、すなわち

量から質への転化、及びその逆の法則。

対立物の浸透の法則。

否定の否定の法則。

の法則を自然の実際の発展法則に合致することを、エネルギーと物体の状態で論じた。

水の氷から液体、そして水蒸気への劇的変化は、エネルギーの量的増加が、分子の集合体の様式に不都合を生じさせ、その内的矛盾を解消させるために或結節点を境に質的に変化する様は、弁証法の説明に都合がよかった。その目的のために、自然現象のホンの一面を過大評価したところに間違いが生じたのではないか(結論を急ぎすぎた)。

彼らの時代には、資本主義の誤謬の克服が優先課題としてあったために、歴史の革命的発展(社会主義への移行)を理論付ける必要性があった。

マルクス主義がヒューマニズムであった点は、虐げられた者への変革への道標を最初から意図していた点にある。

しかしこの事が、結論を急ぎすぎることになり、歴史の発展を結果的に正確には指し示されなかった理由でもある。

本来、意識が完全に物質に規定されると認めるならば、物質の発展法則から導かれる結果に感情を入れてはならない。

エネルギーとエントロピーで規定される自然の法則は、人間の希望や願いとは完全に分離されたものである。

19世紀に生まれ、20世紀を動かした3大思想のうち、ニーチェの実存思想はファシズムを支え、ヒットラーとともに滅んだ。

マルクス思想は、スターリンにより変質されソ連の崩壊とともに、ほぼ壮大な実験は終了した。

しかし、あまりにも非情な内容のために、常に攻撃批判の的になってきたダーウィニズム(適者生存、自然淘汰、自由競争原理)のみが、皮肉にも、20世紀の時間の中で正に淘汰されずに残ってきたのは、自然の法則にもっとも忠実であったからではないのか。

20世紀のマルクス思想は終わったが、しかし彼が提唱した−人間の行動を規定する意識(あるいは心、精神等)が、それを支えている物質の所産であるすることの考察は、それらによって引き起こされるもろもろの事象、すなわち人間の思考性、行動や、集団としての歴史の発展などの分析が、物理や化学現象と同じように扱えることを可能にした−弁証法的唯物論は方法論として否定はされていない。

人間の意識、行動、精神活動も、神のような怪しげな者を介在させず、肉体の構成物質のレベルで説明付けられることを指し示した点は高く評価すべきであろう。

エンゲルスの時より、我々の科学知識、技術は革命的な変革を成し遂げた。

エンゲルスが例示したものよりも多くのことが現在では、確立統計理論と大型コンピュータを駆使すれば可能である。

経済統計理論とコンピュータにより、経済不況を未然に防げるようになってきたように、これからは近未来予想がかなりな確率で予想されるようになるであろう。

この手法は、結局は弁証法的唯物論の今日的適用である。

たとえば、再結晶や物の溶解の現象は、物質レベルでの異端の排除である。人間の行動様式も似たもの同士では落ち着くが、異端の闖入は緊張感を生む。これから想起されることは、いわゆる民族問題である。

また、高エネルギー状態では、すべてが混沌としたプラズマ状態になるがそこからはエネルギーは取り出せない。

寒気団と暖気団の温度差が激しいほど、大きなエネルギーの低気圧が生まれるが、それらはいずれ、混ざり合って活力を失なってしまう。文明の萌芽、発展、消滅を暗示する。

これからは、自然の解析方法を応用することにより、今まで困難であった幾多の歴史的難問が、適切に対処されていく時代になっていくように思う。

しかし、またぞろ「新機械的唯物論」との批判が出るとは思うが....。(1997.2.4)
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ケ小平以後の中国

20世紀の大いなる実験であった社会主義は、ソ連の崩壊とともに終わった。

資本主義の矛盾を克服するために生まれた筈の社会主義経済は、結局克服できずに修正資本主義の前に崩れ去った。

この原因は、人間を疎外から救い、あらゆる抑圧から解放する筈であったマルクスの思想が、適応される対象たる人間の本性(私的欲望)を過小に評価していた為である。

人間の欲望をうまく制御する方法は、ヤフーの域を越えない現在の人類のレベルでは残念ながら、アダムスミスのいう「見えざる手」に委ねざるを得ない。

人間の浅はかな知性は、欲望の前にはことごとくスターリン主義に変質してしまい、当初マルクスが予期しなかった資本主義以上の抑圧制度を作ってしまった。

12億の人口を抱える中国はマルクスの申し子である毛沢東により封建主義からは解放されたが、しかし、権力の維持のためのプロレタリア独裁の抑圧組織、共産党を残した。

いったん出来てしまった巨大な秩序は、それ自身で自立性を有するようになり現状固定の役割を果たす。

そこから脱皮する時には、さまざまな悲劇の歴史が生まれる。

時代変化の必然性が、プレハーノフの言うように、歴史では選ばれたある特定の個人の考え方に代表され、あたかも彼が歴史を動かしたかのように見える。

人材の国中国では、ケ小平と言う人物が過渡期の舵取りを担うこととなったわけであるが、結局、彼のしたことは毛沢東の共産主義の不完全な幕引きでしかない。

フランスで青春時代を過ごした彼は、共産党に入党し新しい中国建設に参加したが、知性派の彼は周恩来同様、共産主義には毛沢東のカリスマ性が増すに連れ、限界を悟ってきたと思う。

しかし、知識派の彼には、できてしまった巨大な組織はそう簡単には壊れない、また、これを壊せば、一挙に無秩序な混乱に突入し、新たな秩序が出きるまでには多くの血が流されるであろう事は容易に推測できた。

そこで、理屈よりはひらめきの先行する革命家毛沢東との決定的な対立は避け、毛沢東死後は、老練な政治手法で権力を奪取し、自分の仕事を遂行した。

イデオロギー抜きの経済発展を先行させ、人民を豊かにし、お腹を一杯にして穏やかに政治改革を行うのがケ小平氏の描いた改革路線であろう。

天安門事件の民主化弾圧は、綱渡りのようなこの改革路線の危ない一面を垣間見せた。

しかし、何人かの中国の知識人に聞いたところ、現在のところは、政治的不自由さに対する不満はやむをえないものとして、ケ小平の改革路線は支持されている印象を受けた。

今までのところは、概ね彼の描いた路線どおりに歴史は進んだ。

それにしても、中国は何もかもがでかすぎる。一つにまとめあげるには巨大な政治権力が必要であろう。

果たして、フランス革命やイギリス名誉革命などを経てアメリカで発展した、西洋型の民主主義がこの国に根付くのだろうか。

長い中国の歴史を見ても、この国が1つに纏まっていた期間は短い。

ロシア同様、これからは民族主義も台頭してくることは必定(すでに新彊ウイグル地区では起こりかけている)、ケ小平氏の思い描いた改革路線は、夢と潰え去る恐れは十分あると思うのが僕の予感である。

経済よりも政治改革を先行させたロシアと、政治改革より経済を先行させた中国の2つの、共産主義からの脱却のシナリオは、どちらも遣り直しの利かない歴史の試練である。(1997.2.23


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無償の行為

僕は、生来、よほど根性が曲がっているのか、素直でないのか、捻くれているのか、天性の天の邪鬼なのか、非の打ち所のない、万人が賞賛するような行為に出くわすと何か落着かなくなる困った性分を持っている。

阪神大震災以後、流行りだしたボランティアという美しい行為に、不謹慎にも危ない予兆を感じてしまう。

今回の原油流出事故でも、油に汚れたかっぱを着て雪の中、炊き出しの応援をしている若い娘さんの、確信に満ちた信念に裏打ちされた誇らしげな姿は、こたつの中で惰眠を貪る一般的小国民に、この惰眠を続けていてはまずいような強迫感を与える。

人間は自分の行為に、意義を認めたがる特異な動物である。〜の為に、と言う目的が必要なのだ。

そして、その〜の価値には、自己益からの距離によるランク付けがある。

自分の為の行為は、利己主義、エゴとして非難の対象だが、自己益を求めないものは、至高の愛の行為として高位にランクされ尊敬される。

この点に関しては、誠に「ソノトオリデス」と言わねばならない。そうではないと異議を唱えようものなら,このエゴイスト、人非人として人間界に置いてもらえないだろう。

しかし、そうなのだろうかと言いたくなるのが、僕の悪い性分である。(その為に、意に反して損をすること多)

自分の欲望を満たすために、手段を選ばず云々、と言う判決文で見られるような凶悪犯の行為は許されざるものではあるが、一方では、安心して聞いていられる。と言うのは、このような行為は忌み嫌うものとして人々の間に抑制する力が働き、決して普遍化されるものではないからである。時代によって多少は増減するが、それが社会の全体を支配することはない。

しかし、自己益を離れた無償の行為はどうであろうか。良いことなのだからと無条件に賛成し、できればそれに参加することさえ強要されていくことになる。

人の為、世の為にすることは良いことだから、と自分を捨て、全体に対する奉仕を奨励される。

人は、自分の為にする行為の時には、なんとなく後ろめたさを感じためらいがあるが、大儀のための犠牲的行為には、周りからの精神的支援、賛助も意識して、異常に張り切って頑張る傾向があるものである。

しかし、アメリカと違い、「個」の意識が未熟で、横並びを善しとする日本にあっては、この事が時として恐ろしい集団ヒステリックとして起こる危険性がある。

家族のため、組織(会社、宗教)のため、地域のため、国のため、民族のため、アジアのため、世界のため、等々……、自己犠牲の奉仕精神を最初はさりげなく薦められるが、いつのまにかそれ自体が強い規制力を持ってしまい何人も逆らえなくなる事態になりやしないか。

かっては、日本帝国主義であり、また、ヒットラーのドイツ、ずっとさかのぼれば十字軍等々。

今や、世界の歴史から取り残された感のある北朝鮮の哀れな現状が、生きた見本であろう。

古今の東西を問わず、美しい自己犠牲を伴った行為ほど操られ易く、集団化して恐ろしい社会の破壊力に転化するのは歴史的事実である。

(1997.2.)

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発想の原点の相違からくる教育観

人は物事を考えるとき、それまでに得た経験と知識にから形成された世界観の上に立って判断する。

最も大きな影響を与えるものは、実際に経験した事柄であろう。

だから、同時代に生きたものはある程度似通った考え方を有することになる。

我々団塊の世代は、敗戦の混乱の中に幼児期を経験し、物心が付いた頃は、まだ全体がまだ貧しい日本であった。

その当時、何もない庶民が、勉強して高学歴を得ることは、貧しさからの脱却のための当然の手段であると考えられていた。

国のレベルで見ても同様で、資源のない我が国は、明治の富国強兵以来そうであったが、敗戦日本を立て直すにも、優秀な人材を育成し、工業立国を目指すことが国是であった。

学校は、有能な人材を発掘し、効率的に育成する機関であった。

学校は、人類がこれまで獲得してきた、成果を効率よくシステマティックに伝達していく場所であった。

しかし、戦後50数年、日本は、信じられないほどの発展を遂げた。もはや戦後ではないといわれた東京オリンピック以後(昭和35年、約40歳以下)に生まれた人たちは、物心ついた頃から豊かな国であった。

したがって、彼らには、なぜ日本がこれまでになったかを本当に理解出来ない。

だから、それまでの教育がこの豊かさに貢献してきたことよりも、あら捜しばかりをやり、本来学校でやらねばならない使命を変質させて来ている。

数学や理科などは、どんどん蔑ろにされ、体育や、料理、道徳教育が重んじられる。

かっては、理科や数学を削減して、「ゆとり」と称する遊びの時間を導入し、昨年は、高校で料理を教えるために、理科や社会や数学が削減された。今や、学校で知識を教えることは悪であるがごとき風潮すらある。

科学技術の発展にまるで背を向けるように、数学、理科、などの自然科学系の学問は随分削減されてしまった。

このことのつけは、近い将来、技術開発力の低下に繋がり、日本の経済力の確実な衰退として現われるであろう。

かってのギリシャやローマも、繁栄の中で、生命力の象徴としての肉体美の賛美に明け暮れ滅んで行ったその同じ轍を踏むのだろうか。

体育設備だけは、どんどん投資され整備される。教育予算における体育分野の支出割合を世間は知っているのだろうか。

豊かさしか知らない人たちが、だんだん社会の主導権をとりつつあるが彼らの考え方に甘さを感じる。

奇麗事だけではない本音の教育を今こそ真剣に議論しなければならないと思うのは、貧しさの中で育った者の、貧しさに対する強迫観念の所為だろうか。(1997.1.31)

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雪について

今日は久しぶりに銀世界であった。
古都、奈良では雪が積もるのはひと冬で1回あるか無いかが普通である。
したがって、子どもの頃、久しぶりに雪が積もるとみんなはしゃいで雪合戦や雪だるまを作って遊んだものである。
今日も、学校ではあの頃と同じように、生徒たちは真っ白な雪で覆われた運動場に出て元気良く雪合戦に興じていた。

それは、童謡の「雪やコンコン、霰やコンコン、…」の軽やかなリズムがぴったりの情景であった。
雪の少ない奈良で育った僕は、あの純白の雪景色になんとなく憧れを抱いていた。それは、上記の童謡の作者と同じ心境であった。

子どもの頃に焼き付いた心象風景は、偶然条件が重なり、運命的な選択を強いる事がある。
70年安保に敗北し、居心地の悪い大学を出る時、偶然見つけた職場が裏日本(今はこの表現は差別的であるという理由で、日本海側というが、冬のイメージは裏日本の方がぴったりと思う)であったのは、あの雪のイメージが強く影響していた。

雪国での最初のクリスマスは、初めてのホワイトクリスマス、それは実に感動的であった。
密度の濃い粉雪が、蓋をしたような真っ黒な空から真っ直ぐ落ちてきた。見る見る雪は全てのものを覆い隠した。
街の騒音も雪の中に吸い込まれ、日ごろは音を発てて走っていく電車も線路の上を滑るが如く音も無く走っていった。不気味なほどの静けさであった。

雪が積もると、空と地が逆転した。空は暗いが、闇の底に地は雪の白さで明るかった。
しかし、この雪景色にはあの童謡のイメージはなかった。

歌謡曲の津軽海峡冬景色に代表されるような全く正反対のイメージの雪景色がある。それは、川端康成の雪国にも通じる冷たく、重っ苦しい白さである。
あの童謡は、表日本の雪景色の歌であるとそのとき気付いた。。

裏日本の雪は、視覚からは感じられない、べっとりとした質感のあるまとわりつく雪である。
空気は冷たく水をいっぱい含んみボタボタ滴るような状態で、それは、容赦なく家の中にまで進入した。
壁は、汗を掻き、黴がはびこる。布団は湿気を含んでずっしりと重く冷たかった。

雪が降っても、子供たちははしゃがない。大人たちもまるでそれに意識が無いように淡々と雪かきをする。
こちらでは(奈良)、雪が積もれば子供たち、いや、大人たちさえも誰も歩いたことがない新雪の上に新しい足跡を付けたがるが、雪国では決してそんな事はしない。人々が歩いてで着た足跡のあとを黙々とたどるだけである。
人々は、忌まわしい雪を少しでも早く視界から消すために、憎々しげにアスファルトに投げ捨てる。

10回あまり、そんな雪国の冬を経験した。記録的な56豪雪にも出くわし雪下ろしもし、もう雪には堪能するほどお世話になった。
そして、いつしか、雪に対する思いは、地元の人と同じように無感動になっていった。

正月に、帰省したとき、それに対し大和の冬の風景は穏やかであった。いつしか「大和の国はまほろば」が実感され、懐かしくなり、帰郷した。

爾来12年。久しぶりの大和の雪景色だが、子どものときに感じた雪のイメージは完全に色褪せた。

それにしても、「雪やコンコン…」の歌もいつしかほとんど聞く機会がなくなった。今では、幼稚園や、小学校でももう教えてないのだろうか。(1997・1・22記)
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ミズスマシのこと

長野の知事さんの「スケート競技をミズスマシのようで面白くない」発言がニュースになりました。

それを見ていた大学生のわが娘に「ミズスマシって何?」と質問されて、少し考えさされましたが、今日の天声人語にも若い記者がミズスマシを知らない事が書いてありましたので、これは、わが娘だけではなくかなりな若者からミズスマシは消えてしまっているのだなとわかりました。

さて、この事をどう捉えるか。特に低学年や生物の先生にとっては議論のある所ではと思います。

我々私学では毎年入試問題を作成しますが、中学入試の作問会議ではいつも生物分野が問題になります。

小学校には自然観察という分野があるので、身近な動植物についての名前や作りを問う問題が出題されます。

しかし、これだけ環境が変わった中で、果たして子供たちがそれらに接する機会があるのだろうかと危惧します。

僕が子どもの頃には、小川にはミズスマシもアメンボもゲンゴロウもタニシもしじみもどぶ貝(からす貝)もふんだんにいたし、きゃっべつには青虫がいっぱいいて菜の花には蝶々が乱舞していました。

そういった、環境においては確かに身近な生物の観察という項目は成り立ちます。

ところが、現代のように自然環境が著しく変化した中で、なお、同じ事を子供たちに課すことはかなり厳しいものがあります。

それでも、試験には出されるというので、彼らは実物を知らずして丸暗記で勉強してきます。

もうだいぶ前の生徒ですが、中学校1年生の時に単語帳にこのようなものを書いて覚えている子(大阪の子)がいました。

へびのいる所....答え:お寺の石垣
すずめのいる所....答え:家の屋根
この子はいわゆる成績は優秀な生徒で、京大医学部に進学し、今は医者になっていますが、考えさせられます。

大学入試も考えてみたら同じような問題点を含んでいます。
化学では、実験操作を問う問題が出されますが、塩素ガスの発生における気体洗浄や有機の元素分析ににおける問題を筆頭に、高校ではやり得ない実験を題材にした物が多くでます。。

受験生は、すべてこれらを暗記してかかるし、我々も必要に迫られ実験問題の演習をやらねばなりません。

大学受験のこの時期、演習課題をやるたびに入試問題の貧困さに馬鹿馬鹿しく思うのですが生徒のため、仕方が無いことと諦め教えています。

むかし、会社の研究所に勤めていた時に信じられないことに気がつきました。新入社員に、最初このような課題を出しました。

試薬特級の硫酸を渡して、1Nの希硫酸を作ってもらうのですがほとんどの人がすぐには出来ませんでした(すべて大卒以上)。

高校の化学計算問題では初級の問題なのにね。硫酸の密度の値が必要であることに気がつきません。

これは、彼らをせめてもかわいそうです。
たぶん、ほとんどの人が、計算問題は解いても濃硫酸を自分で希釈した経験がないのですから。(高校では多分無いでしょう。希釈液は時間と経済の観点から最初から準備してあるのが普通、大学の学生実験でもそうしてあるところが多い)

まだまだ、日本の理科教育は」問題を多く孕んでいますね。

(1997.1.10)

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銀河鉄道の夢

新聞の黒枠記事は、案外と良く見ている。当然ほとんどの人を知らないのだが、数行の記事の中にその人の人生の色々なものが想像出来、不謹慎かもしれないが結構面白い。

大抵は功なり名を挙げた人であるのだが、その死に様がどうであったのか興味が尽きない。結局、どう生きても最後は一人、死亡記事が最後の存在の証だが、極一部の人を除けば人々の意識からそのうち消え去り、全くの無に帰してしまう。

享年と死因も興味深い。80歳や90歳ともなれば「良かったな」と思う反面、若い時それなりに業績をあげた人が、社会から忘れられていた長い余生をどのような想いで生き長らえてきたのか考え、少々哀れみを感じる。

若い人の死はやはり気の毒であるという思いと、自分とそう歳が違わない場合は死というものをそれだけ現実味を帯びてこちらに迫ってくるものがある。

我々の歳の死因は、ガンと肝臓関係が多い。肝臓は若い時から生命力にものを言わせて無茶苦茶モーレツな生き方をしてきた人に多い。

肉体が弱ってきた時、必ずそのつけは廻ってくる。
ようやく、生を自覚出来るようになるこの時期に生を終えねばならないのは残念であろうと思う。

しかし、人生も50年になり、これからよりも今までの方が長くなってくるとだんだん寂しい思いが募る。

この世がとてつもなく光り輝く世界であることが今自覚出来るようになったのは、それはこの世が終わった後の漆黒の無の世界を現実のものとして認識するようになってきたからである。

年齢別世代人口構成のピラミッドは、確実に上に行くほど細くなる。

自分の命の蝋燭は、果たしてどれほど残されているのであろうか。
最初にして最後、確実に1度は経験する自分の末期は如何なるものであろうか。

「終わりよければすべて良し」とはいかない事例が割合多いだけに、生き甲斐とともにこれからは自分の死に甲斐をも少しずつ考えていかねばなるまい。

(199717日記)
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正月風景

歳月とともに社会も少しずつ変化していくのが、ある程度歳をとってくると実体験として理解出来る。
毎年の初詣の人出の人数は、報道から知る限りではそう大きな変動は無いので、初詣を止めて久しい我が家は例外なかもしれない。

まだ日本が貧しかった子どもの頃は、正月は楽しみであった。 年末から、新年を迎える準備で大変であった。
すす払いや大掃除は、家中で総出の大仕事であったが、最近は、住宅が整備されたためだと思うが、殊更正月だといって大掃除をするほどでもなくなった。

年もおし迫れば、いつも決まった日に(いわれは忘れたが、日が決まっていた)餅つきがあった。
近所が総出で、何軒分、まとめて餅をついた。その量も、今では想像を絶するような量で、我が家では木で作った餅箱が10箱ほどに餅を作ったのを覚えている。
毎年餅つきの日には、あんこを作っておき、つきたての餅にその場であんこを詰めて食べるのが楽しみであった。

それだけ大量にお餅をついても、1日に10個くらいはぺろりと平らげる食べ盛りの子どもが4人もいた我が家では、松の内も過ぎるとほとんど無くなっていた。

瀬戸物でできた物と、漆塗りの2種類の重箱があったが、毎年そこへいっぱいのお煮しめを母は作った。
子どもの頃、人気のあったものは、きんとんと、赤まめの甘くたいた物であった。 それらは、あっというまに無くなった。最後まで残ってくるのが、ごまめと黒豆であった。

その他、我が家ではみんなが好物であったのか、棒だらを大量に作った。 棒だらは、数日前から水に入れ戻した物を、一日かけてに込むのだが、あの独特のにおいが大晦日のにおいであった。(これだけは、我が家では子供たちに嫌がられているが、いまも伝統を継承している)

元旦は、朝風呂に入るのが習わしであった。 その後、出来たばかりのごちそうで、新年を祝った。
お煮しめは、必ずすべての物を一口は食べるものと教えられたが、それらを一通り食べた後は、きんとんなど好きな物をお腹一杯食べた。

明治生まれの律義な父は、毎年決まって春日大社に初詣出にいき、一刀彫りの「えと」の置物を買ってきた。
神社までの 沿道の屋台と、すごい人波が印象的であった。
信心深い父は、その他、毎年石切り神社と伏見稲荷にもお参りした。 石切り神社の急坂と長々と続く門前の土産物屋の風景は、毎年行っても面白かった。 漢方薬であったのだろう坂本の赤まむしだけは強烈に覚えている。

結婚して独立してからは、何故か初詣はあまり行かなくなった。
あれほど信心深かった父が、66歳で死んだこともある。そして10年ほど前、久しぶりに初詣に行った年、母も死んでからは全く行かなくなった。

昔は、これといった娯楽もなかったことと、割合兄弟が多かったこともあって正月には、決まって百人一首やトランプ、双六、羽つき等のゲームをして遊んだものだ。

それと、政治の世界では左右の主張が対立していた割には、案外家々には日の丸を掲げていた。

しかし、あれから50年も経っていないのに、正月の風景はあまりにも変化している。
これらの責任の一端は、我々世代に少なからずある。我々が親から受け継がねばならなかった多くのことを、次の世代時は伝えられていないことが多い。

日本は、敗戦によって大きく変化せざるをえなかった。それでも我々団塊の世代の子どもの頃までは、親が健在で、まだまだ昔のしきたりや慣習は残っていた。

敗戦により、それまでの主導的な立場にあった親の世代の人々が、挫折失脚したことに伴い、強力な「民主」教育が導入されたこともやはり何がしの要因になっているのだろう。

しかし、我々団塊の世代までは、深層では古い親たちの影響を少なからず受けていて、拠るべき立場は共通した物はあるとおもうが、戦後民主教育の成果か、意識的にそれを否定することを良しとする世代である。

だが、もはや、戦後から脱却した昭和30年代生まれの人たちは其のかけらすら受け継がなくなったような気がする。
時代は、巡り、変わるのだからこれも致し方ないのかもしれないと思う一方で、これでいいのかな?とも思う。

国際化の時代に、これからは否応無しに、日本人とは何かを問われる時が来る。
その時、しっかりした民族の自覚が無いと、またぞろ変な国粋主義が台頭してこないとも限らない。

最近の若者の中には、確実に新しいナショナリズムへの目覚めが感じられるだけに、きっちりとしたものを我々が持たなければならないと思うのだが、まだまだすっきりと一歩踏み出せないのが団塊の世代なのか。

結局、すべての面で二の足を踏んでいる間に、時代は我々の上を素通りしていく。

(1997.1.3 記)
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落合の選択と清原の選択

僕は野球そのものにはあまり興味はないが、今回の清原のフリーエージェント宣言からの一連の動きにには考えさせる面があった。

昨日、落合の日本ハム入団で一件落着したが、2人の選択には対照的で面白い。
僕の考えでは、これからの自分を生かすための選択としては、落合の方にやはり経験に基づく一日の長が認められる。

結論的には、清原は巨人に入るべきではなかった。清原は自分をあまりにも知らなすぎる。
清原がどれほどの選手か専門的には知らないが、過去のデータを見る限り、いわゆる勲章といわれるタイトルも無いのに象徴されるように、そうたいした実力は持っていないと思われる。

にもかかわらず選手としては破格の待遇(三億円?)になったのは、西武球団の営業戦略のおかげである。
屈辱のドラフトから実力以上に男にしてくれたその時の恩義も忘れ、最も忌避してしかるべき巨人に入るとは、何をかいわんかである。

たぶん広沢と同じ運命になるであろう。

あの選択で、阪神を選んでおけばあのドラフトでの巨人から受けた屈辱を、見事実力ではらした男として男は上がったと思われる。
この選択なら、西武で熱烈に応援してくれた小百合をはじめファンもまあ許すと思う。

また、これから先のことを考えると、過去の実績から考えても、そうたいした成績を残すことは期待できない。 あの独特の雰囲気のある管理野球の巨人においてはなおさらである。

かって、巨人に入ってつぶされた例は張本(だったか?)や、広沢、或意味では落合も入るが、その数は多い。清原もたぶんその例に加わる1人と思う。

阪神に入っても野球の実績という点では、実力からしてそう多くを期待できないかもしれないが、筋を通した男として、故郷の関西では多いに認められるであろう。
関西人、とりわけあの熱狂的なトラファンはそんな清原をずっと温かく見守ったであろう。
トラファンは、野球を辞めた後でも必ず付いてくる。 頭が薄くなっても掛布や、バースはいまでも英雄である。ぼろぼろになった岡田もは忘れていない。
阪神に入れば、そういった、伝説の人物に仲間入りができる可能性は極めて高かった。

それに対して、落合の今回の選択は正しかった。 落合も、自分を育ててくれたロッテを出てセリーグに行った時は、いまの清原と同じ間違いをしていた。

結局、それまでの落合いらしさは失われ、中日の時も巨人の時も成績はそうよくならなかった。
素質と環境が一致した時、その能力は100%開花する。 長嶋的なものを求めても、張本や落合には合わない。

やはり野におけレンゲ草。 パリーグの方が落合には相性がいいだろう。それに彼は、回り道をしてようやく気がついたと思う。

その点、イチロー君はえらい。巨人のイチローなんてまったくイメージできないし、本人もそれをしっかり自覚している(と思う)
イチローの人気が何故あるのか、清原も良く考えた方がいい。結局、巨人で使い捨てになるのは目にみえている。2度、巨人に棄てられる彼の悲しい運命が見える。

(1996.12.10)

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いつまで続く新薬開発の不祥事

また、新薬開発に絡む不祥事が発覚した。
京都大学の若手の治験研究医が逮捕されたが、繰り返し発覚するこの手の犯罪に、僕の体験から書いた新薬開発の裏側にあるようにこの問題の根深さが伺われる。

逮捕される前日に、この医者は記者会見で行為の正当性を訴えていたが、たぶん彼の気持ちとしては、この世界では誰もが行なっているレベルのことで、犯罪性は自覚していないのは事実だとおもう。

新聞報道ににもあるように、これくらいのことで(たぶん彼はそう思っているであろう)逮捕されるならほとんどの治験医は逮捕されなければならないくらい、それほど、新薬開発にはお金が絡む作業になっている。

また、裏を知るものとしては、この種の事件ではいつも雑魚ばかりが挙げられるのは、どうも解せない。

証拠が無いから挙げられないのかもしれないが、巧妙にうまい汁を吸っているボスが必ずいるはずである。 トカゲのしっぽ切りにはしてほしくない。 今後の捜査に期待したい(多分無理だろうけれど)。

この種の、事件の起こる原因は、新薬開発のシステムが日本では確立されていないことによる。 新しい薬の開発は、人類の福祉にとって、とっても大事な仕事である。

病気になったとき、1錠の薬のありがたさを感じた人は多いはずであるし、多くの病気が、新しい薬の開発により克服されてきた事実は疑う余地はない。

しかし、このまま放置していくと、日本における新薬の開発は完全にストップされてしまうであろう。

開発側のメーカーも、たたけば埃が出る身なので、発言できない立場なのかも知れないが、このような事態になって、現在進行中、およびこれからの開発は大幅に遅れることになり、困った事態であることも言うべきである。

そして、適正な開発のルールがない現状では、弱い立場のメーカー側としては競争原理で成り立っている企業では、いやでも金を出さざるをえない現状を公にしてほしい。

国民的課題として、新しいルール作りこそがもっとも重要であることと認識してほしい。

下っ端の医者や社員を魔女狩りのように捕まえるだけでは、結局、そのつけは医療水準の停滞となって、我々に降りかかる。

また、世界的に見れば、まだまだ弱体な日本の薬業は壊滅的な打撃を受けるであろう。 そうすれば、もっと大きな問題が生じるかねない。

今までの、道修町感覚の悪習を絶ち、近代的なシステム構築を急がねばなるまい。

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日本にはなぜキリスト教が定着しなかったのか?

東大寺では毎年秋に現代仏教講演会をやっている(聴講は無料)。今年で16回になる。
東大寺と大仏奉賛会の主催であるが広報活動が不足のためか、また主催団体のためか、聴衆の層がどちらかといえば少々ご高齢のかたが多く、若い人が少ないのが残念だが毎年講師陣にはいい人を呼んできている。

今年は、正倉院事務所長の米田雄介さんの「正倉院宝物の成立―近代の場合−」と国際日本文化センター教授の山折哲雄さんの「美しき仏教」と言う題の講演であった。

時間の都合で、米田さんの講演は聞けなかったが、山折さんの興味深い話を聞かせていただいた。

そこでの話であるが、文化的、人種的にも近い日本と韓国で、ことキリスト教の定着率(日本1%、韓国33%)に大きな差があるのは何故なのか、氏独自の見解を披瀝されていた。

其の理由に日本は、民衆の中に西方浄土思想が定着していることを挙げられた。

夕焼け小焼けの童謡の歌詞、戯曲夕鶴、芭蕉の夕日の俳句などの例などを捉えて、日本人には朝日より夕日の方が愛着を持たれるのは、西方に対する特別の思いがあるからではないかという分析である。

そういった、特別の思いを持たせたのが、浄土思想(仏教)ではないかというのが氏の論理展開であったように思われる。

全くの門外漢が、2時間足らずの講演を聞いただけでその道の学者に異を唱えるのは全く無礼かもしれないが、少々納得がいかない点がある。
お話としては面白ろかった氏の論理展開は門徒の末寺の住職の家系である氏の、あまりにも我田引水 の感が免れないと思った。

それほど、仏教が深く根付いていたならば、明治にどうして廃仏毀釈が荒れ狂ったのか解釈できない。

この事は、仏教も、日本人に完全に受け入れられたものではなく、所詮はキリスト教と同じく渡来宗教であることの証明ではないか。

氏の言うように、キリスト教文化は入れたがキリスト教は入れなかったのと同様、仏教も仏教文化は入れたが仏教は入れなかったといえるのではないか。

文化財としての寺院は多く、葬式仏教は横行しているが、真の仏教徒と思われる人にあまり出くわしたことがない。
そういった点では、多分、キリスト教と同じく1%にもならないのではないか。

夕日に対する思い入れも分からないではないが、日本人には、朝霧にのなかに凛として輝く、朝日に対する思い入れも同様強い。
山に登れば、ご来光を拝むし、二見が浦の夫婦岩にも朝日が登る。
多分、富士山に朝日だし、新聞も朝日が幅を利かせている(?)

僕は、決して神道を信奉するものではなく、思想としてはむしろ仏教に興味を覚える立場ではあるが、物事を分析するときには、偏見や主観をできるだけ排除した科学的な立場で論理を構成していくべきだと思う。

そういった点で、氏の論理には少々難があったなと思った。
もっとも、講演の主題が仏教講演会であるから仕方ないのかもしれないが…・。

蛇足:氏は親鸞には触れられなかったが、日本には仏教思想の中にキリスト教の根本思想(病める人や貧しきものほど天国に召されるという救済思想)に近い、悪人正機説(悪人=極悪の凡夫をこそ阿弥陀仏が救済しようとする対象)が広く流布していたことも関係したのではないかとも思う。

1996年11

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言葉(訛り)と文化

文化的優位性と言葉の従属性は相関がある。
徳川が天下を取ってから坂東の田舎が実質的な日本の中心になり、明治に遷都され名実ともに東京が日本の首都になって爾来一世紀以上、それまで築いてきた関西の優位性は完全に滅んでしまった。

むかし、何かで読んだことがあるが、日本語の発音は大和を中心に同心円状に広がっているらしい。
それは、文化が中心から流れ出て行く様に重なっている。

しかし、東京が中心になって様子が変わってきている。
僕の、経験からすると、言葉(訛りや発音)の従属性は文化、或いは権力の上下に連動しているように思う。

たとえば、大阪に九州や四国などから移り住んだ人は、すぐに大阪弁になじむ。
しかし、関東から来た人は何年経っても関西弁にはならない。

関西の地盤沈下が言われて久しいが、この法則からすると、もはや上方はほとんど江戸にしてやられてしまっている。

なぜなら、関西人が東京に行けば吉本のお笑いですら関東弁混ざりの変な関西弁を使っている。
まして、普通の人が行けばたちどころに気取った東京弁になってしまう。

僕も、もう10年以上前に、2年間東京暮らしをしたことがあるがあそこで関西弁を通すのはかなりしんどい面があった。

僻みかもしれないが、東京に唯一対抗しうる勢力として東京人は関西を意識しているのか、関西弁に対する敵視(対抗心)には厳しいものがある感じがする。

他でも書いたが、東京で買い物をするとき、「此れおいくらですか。」といわないと売ってくれない。
「此れなんぼ?」と関西弁で言おうもんなら、思いっきりいやな顔をされ、其の意味が解っているのに「おいくらですか」というまで売ってくれなかった。

このように、強制的に関東弁を使わされるので急速に、東京弁になってしまう。

しかし、東京以外ではこのような圧力は感じない。
事実、富山にも9年ほど住んでいたが、このような経験はなかった。

これは、逆の立場かもしれないが、富山弁にはならなかった。
これがまさに文化の傾斜だろう。

そして、言葉からどんどんと中央に従属させられていく。
地方の時代は程遠い。

ただ、関西の中にいればあまり意識されないが、外から、関西を見てみると恥ずかしいくらいの関西(弁)の特異性がわかる。
まさに、あの異様な雰囲気のタイガースファンに見られるような

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故郷考

人は誰でも故郷には特別の思いを持っている。
故郷を離れて過ごしたことのない人は、明確に自覚されないかもしれないが、外に出てみれば故郷が如何に自分の意識の中に大きく存在していることが分かる。

最初に気づくのは言葉である。言葉には言葉で言い表した内容に関すること以外に微妙な何かも付随している。

買い物するときに値段を聞くのには、「これ、いくらですか。」というのと「これなんぼ」というのは伝えたい内容は同じだけれども、表面的な意味以外にもなにかがあるなと思うのは、関西以外で買い物をすれば分かる。

もっとも日常的な接触の手段である会話が、故郷の中にどっぷりと漬かっているときには決して気づかないのだが、我々の意識の中に大きな位置を占めている。

故郷として意識が植え付けられるのは、初めて記憶したものが大きな位置を占める。言葉に関しては、ちょうど言葉を覚える頃、すなわち23歳ころに住んでいたところがもっとも影響されているようである(家庭内での両親の会話も影響する。)

上の娘は、ちょうど言葉を覚えはじめの2年間東京で育ち、幼稚園から小学校1年まで富山で過ごしたので、言葉の点では故郷を持っていない。
したがって、会話の相手次第で言い回しがころころ変わる。
基本的には関東弁のイントネーションである。だから、彼女の故郷意識は、かなり希薄なのではないかと推察される。

言葉とともに、不思議なのが距離感である。
故郷の距離感は、いわゆるメートル法で何キロと理解しているのではなく身体で直感的に理解している。
故郷を離れて、新しい土地に住んだ時、地図で距離を測ってもピンとこない。
奈良の地図に置き換えて、奈良市〜郡山までと同じくらいと、やればその距離感が即座に実感されるという具合である。

当然、それ以外にも多くの事柄が体に染み込んでいるので、故郷が特別なものとして意識される。
故郷を離れて暮らすと、なんとなく根無し草のような拠るべきところのない心細さに襲われるときがある。

その時、故郷は母のぬくもりのような、偉大な精神安定剤の働きを持っていることに気付く。
故郷を離れて暮らさざるを得ない人々が、産業や都市の発展とともに多くなってきている分、人々の情緒不安は増大していく。

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囲碁と将棋

職、住接近。理想的環境にあるもので職場まで車で5分、したがって朝は、7時半に衛星放送で始まるNHKの朝の連続テレビ小説を見ても十分間に合う。
言い訳をするようだが、別段、自分から積極的に見ようとおもって見ているのいではなく、家内が見ているので朝の出勤前に時間潰しに見るだけだがこれが結構面白い。

この間までは、「ひまわり」という題で、ドラマの筋立てには現実離れした面があったが、弁護士の卵を題材にしてそれなりに見れた。まああれで少しは女の弁護士志望が増えるのかもしれない。

ところで、今度は大阪放送局の番で「二人っ子」というドラマであるが、吉本流にこてこての大阪様式。ちょっとどぎついがそれなりに笑える。
吉本と松竹新喜劇を足して2で割ったような、関西の雰囲気はそれなりに出している。女流三吉の根性もの将棋の話。今度は、将棋がはやるのだろうか。

さて、関係のない長い導入はここまでとして、将棋と囲碁、どちらもよく似た体裁をしているが、この対比は思想的に深みがあって面白い。

結論として、あえて言うと僕は、囲碁の方が数段深みあり、また世界的に見ても、もっとも進化し完成されたされた得意なゲームだとおもう。

われわれ人間自体もそうなのだが、何事でも、制約事項が多いほど面白くない。

分かり易くスポーツを例にとると、がんじがらめのルールがあるスポーツは面白くない。
たとえば足しか使えないサッカーより、手も使えるラグビーの方がスリリングで面白い。
しかし、前にパスできないラグビーよりアメリカンフットボールの方が制約が少なくなる分、危険も伴うがそれだけ面白さはます。
ボクシングよりもキックボクシングetc…。

ゲームも当然そうである。一般的にはどんなゲームにもルールが設定される。あんまり細かく設定すると、ゲームの興味はそれに反比例して失せていく。

この点から見ると、将棋は駒に種類があり、角は斜め、香車は一本道、歩は前一歩のみと決められ、最初から役割分担が決まっている。

それに対して、囲碁はきわめてすっきりしている。規則は2つしかない。石は碁盤の目の交点に打つことと、周りが囲まれれば取られるだけである。

決められたルールはそれしかないのだ。どこにでも石を打つ自由はあるが、もっとも必要な場所は、ゲームの進行の中で自ずと決まってくることである(ゲームの自立性)。

そして打たれるまではまったく同じ、黒か白の石だが、打たれたその場所で、捨て石にもなるし、また要石ともなりうる。

また、打たれたときにはさほど重要な石ではなかっても、局面の進行過程の中で、要石にも変身していく。
このように予め決められたルールではなくゲームの中で、もっとも適当な方法が作られていくのが碁のが、きわめて特異優れたゲームと思われる点である。

このようなゲームは、世界中にゲームが多いといっても、碁以外にはないのではないか。

また、将棋との対比では次のようにもいえる。
将棋は駒の名前から行っても王様がいて家来がいるまさに封建制の様式を模している。
ただ、百姓から身を起こした秀吉のように、起死回生の成金という裏技がある、まさに戦国時代、とった駒は寝返り、大将の首をとっておわりである。

それに対し、囲碁は先にも述べたように、碁石そのものには差別はないきわめて民主的、平等である。
しかし、打たれたその位置によってその石の重要度には差が出てくる。この点は、近代の社会制度とよく似ている。

ただ、勝負の勝ち負けが、領土の取り合い。この点は勝負だからしかたがないが、帝国主義の侵略戦争を模している。

こういった点から見て、僕は、碁は将棋より数段優れた近代的なゲームと考えているわけである。
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最悪の選挙区

我が奈良県1区の選挙区は、以前にも書いたが(下記)、4人が立候補して結局3人が当選していた。
そのうちの、民主党の候補は小選挙区では全国の下から2番目の低い支持投票にもかかわらず、選挙制度の不備欠陥により、選挙区の民意を裏切った形で当選したのは以前に書いた。

しかし、その怒りも収まらないうちに、今度は選挙区で新進党から立候補当選した高市早苗が離党した。
いったい、何を考えているのだろうか。思い上がるのも程々にしなさい。(道義的にも許されない人間の信頼関係を裏切ることだと分からない人間なのか。もう、何を言っても今度は自分が信用されないだけですよ)

この行為は、政治信条ではなく、船田元氏に対する個人的な思慕ではないですか。
小選挙区制は政党本位の選挙制度、アメリカ帰りを売り物にした彼女の主張は日本の政治システムの近代化ではなかったのか。

そのために強くこの制度を推進していた立場ではなかったのか。その主張を忘れたかのように自分がとった票は個人票とでも思っているのだろうか。

万が一そう思っているのならそれは今までの自分の主張の自己破産宣告ではないか。政治のプロではなくまさにタレントの証明、底の浅さを露にしただけだ。

今になって、選挙前から離党を考えていたが、選挙前では党に迷惑がかかると思ったとは恐れ入った。
今なら、迷惑がかからないとでもいうのだろうか。票欲しさのために利用したとしか思えない。

これは、詐欺行為。規則がないから罰せようはないのかもしれないが、贈収賄以上の汚い票泥棒の選挙違反ではないか。
こんな背信行為を平気でする人間に政治を任せていいのだろうか。(こんな小娘にしてやられた選挙民は愚の骨頂。この借りは必ず、今度はらさねばならない)
政治不信の最たるものではないか。

こんないいかげんな選挙は、はやくやり直してほしいと思うのは僕だけであろうか。
奈良市民は大いに怒るべし!

(これで彼女もおしまいにしないと全国から奈良市民が馬鹿にされてしまう。)

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やっぱりおかしい選挙制度

Make Dramaがあるのかと期待したが、総選挙の後のこの虚脱感は先行きの悲劇を予感させる。

我が選挙区は奈良県1区、4人の立候補で2位だけ落選の3人が当選、うち2人は当然ゾンビ当選。
民主党のエイズ候補は2万票未満当選、1位の高市早苗候補の3分の1以下の得票である。

薬害エイズに関しては、気の毒な面もあるが、国会議員は怨念や情だけでは勤まらないと選挙民は常識的判断を下したのに敗者復活。
比例区の1番に名簿掲載しプロパガンダに利用した民主党の政治に対する見識を疑う、なんとも腑に落ちない結果である。

こんなに民意を無視することが、制度として許されるなら民主主義は崩壊しファシズムが忍び寄ってくる。
何の見識もなかった相撲取りが当選したり、野球監督の灰汁の強いでしゃばり嫁さんを担いだり、タレントとスポーツ選手と二世と官僚だけの現状がいつまでも続くとは思われない。
人々の中にどうしようもないやるせなさが深く沈潜して進行していったその先に、 いつか大きなファシズムのしっぺ返しが、津波のごとく襲ってくる予感がするのは僕だけであろうか。

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困った機械

いまいちこのパソコンは分からない。
いつのまにかタクスバーのサウンドのラッパマークが消えてしまいアクセサリーのサウンドも時々フリーズしたりして、それが気になったので何とかしようと思ったのがどつぼの始まり。

一度はやってしまいたい衝動を押さえ切れず、悪魔のささやきについ乗ってしまってウインドウズの再インストールを行ってしまいました。

しかし、これがおかしいんだな。書いてある通りにしたのにも関わらずうまく行かない。 販売店に持ち込んだが、ここでもギブアップいったいどうなっているのでしょうか。

挙げ句の果ては、メーカーに送り返し、そして待つこと2週間。
ウインドウズ95だけは入れてかえってきたが、アップリケーションはやり直し、それまでのデータはパー。 まだまだ、信頼感に欠ける商品です。
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受験生

今年もセンターテストの申込が来ていよいよ大学受験シーズン幕開け。
今年は高校3年生の担任。 この時、生徒たちを見ているといつも2つの光景とダブル。

一つは稚あゆの遡上、たくさんの稚あゆが急流を我先に上がっていく様に似ている。
小さな滝を乗り越えるとき何度も何度も挑戦しては失敗を繰り返し難関を突破していく様は受験生に重なる。

映像は、最後には超えていくあゆを映し出しているが、やはり中には力及ばず超えられないで淘汰されていくあゆもいるのだろう。

もうひとつの情景は、乗馬の障害物競走。高いバーを越えるとき一瞬の逡巡があっては超えられない。
最高に高まった精神の高揚と決断が恐怖を上回り高いバーを乗り越えていく。 高いバーを前にしたさまざまな馬の表情が受験生の表情に重なる。

一瞬の逡巡があってはおじけづく。さあ、思い切って、みんなで受ければ恐くない! あとは、ケセラセラ。
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今の政治状況

どたばたの国会が終わり、いよいよ選挙。 しかし、社民党には驚いた。
行くところがないから、仕方なく土井さんを担いでのやり直しらしいが時代認識を全く喪失している。

この党は、この際時代とともに一旦は消失すべきである。 自民党に擦寄った時にこの党は、もう消滅していた。

かって、社会党であったときその理念に共鳴してどれほどの若者がそれに殉じたか彼ら代議士は判っているのだろうか。

かっての熱烈な支持者の一人としては、時代が受け入れられないなら、社会党は非武装中立の崇高な理念とともに、 最後 まで心中して役割を終えてほしかった。 今の醜態は見たくもない。

全く何の根拠も無い直感で、意外かもしれないが、テレビを見ていてふっと思ったこと、民主党の鳩山氏に髭をつけたら、かってドイツにいたかの人に似ているなと思った。 こんな見方、あたらぬほうがいいな。

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生命の引継ぎ

人生の半分以上を過ぎ、眼が老眼になり、歯が一本二本と抜け、頭にも白いものが増え、物忘れをすることが重なってくると、否応無しに老いを実感する

これらの自分の肉体に現れる変化と裏腹に、娘たちの生命力は確実に増大していく。まるで見えないパイプでこちらからあちらに吸い取られていくような気がする。

かっては、自分もそのように親の生命を吸い取って成長してきたのだが、その時は、こういった自覚は無く一人で大きくなったと思っていた。

親父は明治生れの実直な人であった。戦後復員してきて地方公務員となり4人の子供を養った。体力的にそう強いというタイプではなく、勤めは毎日判を押したように夕刻同じ時間に帰ってきた。

年をとってから結婚をし、途中戦争もあった為か、三番目に生れた僕は親父が37歳のときであった。

その関係か、または単に明治生れの親父の個性か知らないが、親父は喜怒哀楽を含めてあまり自分を見せることはなく、我々子供にとっては遠い存在であった

今思い出しても、親父と子供のころ何をしたのか何を話したのかを何も思い出せない。 時々酔って頬ずりをしてきたとき、髭があたってチクチクして嫌だったのを覚えているくらいである。

次男の気楽さか、僕は就職をして関西を離れたが 一度、旅行の途中か何かで、会社へおふくろと2人で訪ねてきたことがある。

帰りに会社の門を二人で出ていく後ろ姿を見送ったとき、その姿に両親の老いを実感した。その時。いつのまにか、肉体的にも精神的にも立場が逆転していることに気がついた。

それから、4年ほどして親父は66歳で腹部大動脈瘤破裂にて突然亡くなった。僕が30歳のころである。 親父が何を思い何を考え生きてきたのか、一度も話したことはなかった。

おふくろもそれから10年ほどして、73歳にて心不全にて突然亡くなった。 亡くなる1ヶ月前くらいに、実家に訪ねていったときおふくろが一人で留守番をしていた。

少し体調が悪かったが「もう十分生きたからええわ。来年の正月はようこせんかも知れん。」といったのが僕との会話の最後であった。

自分もいつの間にか、序章より終章の方が近くなってきた。 今までそうであったように、自分も歳をを重ね次に命を引き継いでいくのだろう。

娘たちに一体どんな思い出を刻み付けているのだろうか。
我が子を見ていると、その容姿だけでなく、しぐさや感覚、味覚に至るまで我々夫婦の遺伝子がモザイクのように入り交ざって引き継がれているのがよくわかる。

一体どれほど前から、これが繰り返されてきたのだろうか。またこれから先どれほど続くのであろうか。生命のつながりの不思議さにしばし呆然。

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或る心構え十箇条

  1. オーバーなくらい誉める。
  2. はっきりと命令する
  3. 不必要には甘やかさない。
  4. しかるときはその瞬間に
  5. 体罰は絶対しない。
  6. いつでもどんなときでも機会があれば教える。
  7. 決して諦めない。
  8. 慣らして習慣づける
  9. 他とは比較しない。
  10. わからないときは、専門家に良く相談する。
    この十ヶ条は、犬なんでも110番(主婦の友)に載っていた犬のしつけのものです。 人間の、子育てにもおおいに参考になります。

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犬の散歩で気付いた事

我が家には、3歳になる雄犬がいる。 名はMarty、黒のラブラドール。

この犬の出会いに関しては、身震いするような運命的な出来事があったが、この件に関しては今回のテーマに何ら関係なし。

我が家の娘達は、犬は可愛がるが世話の方は余りしない。 特に朝の散歩などは、ほとんど僕の仕事である。

健康には良いし、ついでに住宅地の周りの自然にも触れられて損もしないので続いている。(我が家は京阪奈学研都市の一部の平城山丘陵にあるが、近くには田んぼや小川も有り、うぐいすめじろそして名も知らない大型の水鳥なども多く面白い) 散歩では、多くの飼い犬に出くわすがここで奇妙な事に気がついた。

ラブラドールは盲導犬にもなる性格は温厚な犬種であるが、それでも何匹かの苦手な犬がいる。 それらの犬とは、何の先入観もない、初対面のときから極めて仲が悪かった。

一方、逆に初対面のときから極めて仲の良い犬(雄同士であるので性的要素はない)も何匹かいるのだが、不思議なことに嫌いな犬は、これらの犬に共通している。 犬にも相性があるみたいである。

感情が豊かな知的な動物になれば、このような相性が存在してくるのだろう。

いじめ問題で思うのだが、人間にも相性が有り、自分の周りには最初から気のあう者と合わぬ者、そして余り関心のない者の3種類の人からなっているのに、それを認めないところから問題が生じるように思う

類は友を呼ぶ。どんな人にも必ず気のあう者は一人くらいはいるものである。 今いる集団に居なければ、別に焦る事もない。

無理して、相性の悪いものと付き合う必要もないではないか。 僕は友達関係で悩ん でいる生徒には、このように指導している。

1996

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臓器移植問題

脳死問題の間隙を縫うように 島根医大の生体肝臓移植以来、京大、信大と立て続けに移植が行なわれ、移植の問題点を整理するよりも事実が先行している。

また臓器移植の本命である脳死患者からの臓器摘出についての環境整備もこの前の阪大における脳死判定をみてもわかるようにまるで示し合わしたが如く着々と既成事実化が行なわれている

その間色々な観点から議論がなされてきているが、後手後手の観は免れない。またその議論も主なものは脳死判定にみられる固体死の倫理的観点からみられることが多く、立場の違いによる見解の相違で議論が進まない。

しかし案外されていないのは経済的観点からの議論である。 これはこれまでの移植が学用患者として医療費が免除されてきた面もあるが、臓器移植が広く行なわれるようになる前に考えておかねばならない重要な問題である。

島根医大の例では医療費が四千五百万円もかかったということであるが、将来医療として認められればこれらの医療費負担はどうなるのであろうか。

個人負担とするとこのような多額の負担は一般的な家庭ではその家族の経済的な死を意味する。お金がなければ助かるものも助からないとなると新たな社会的不平等が生じる。

 そのためにも当然医療保険の適用が望まれるのだが、ただでさえ高齢化を迎え医療費は増加の一方であるのにその負担は可能であるのだろうか。

今は、移植患者は先天的な欠陥がある重体なものに限られていて数は少ないが、移植が医療として定着してくると当然適用臓器も広がてきて数も多くなりますます負担は多くなってくる。
 また適用患者がふえると移植の順番はどうなるのだろうかといった別の問題も生じる。

今のままだと、いつの時代もそうであったように、社会的強者が恩恵を受け、弱者は臓器の提供者のみになってしまうような気がする。 

医学界は徒に結論を急ぐのでなく広く議論をして多くの人の納得をえられるようにしてほしいものである。(1990918日朝日新聞「声」既掲載)

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Yさんのこと

やや寂しがり屋であったが、人の良いYさんが亡くなって4ヶ月、初盆である。享年53歳本来なら働き盛りの充実した年齢であった。

多分、自殺。 昔、勤めていた会社の仲間であった。

若くして、社内人事の力学で、抜擢され30代で部長を勤めていた。 色々なことがあって、人事のラインから外れ、慣れない仕事に配置転換になってから、柔い神経がおかしくなったらしい。

昨年の、5月に出社拒否症になり自宅で療養中であった。 1年がたって、多分、保険関係の制限からか、5月の連休明けに出社を求められていたらしい。

その3日前の、突然の死であった。

去年の暮れに人づてに、Yさんが、心の病に罹り療養中であることを知った。 個人的に、精神心理に興味があり、少しは体験的にも心得があるので連絡を取り2度ほど話した。

森田療法なども薦めたが、電話での話し声とは裏腹に、読書をすすめた本が送り返されてきたときに添付されていた礼状には 事態が深刻であることを窺わせる気の弱い文面であった。

それから4ヶ月、最悪の連絡を受けた。 お葬式には迷ったが、行かなかった。

もう、会社を辞めて随分になるし、遠くから駈け付けると却って大袈裟な感じになり遺族の悲しみを増すばかりではと思った。

原因ははっきりしているが、判っていても自分で修正ができないのが、この病気の難しいところである。

その当人になれば、もはや選択肢がなくなる状態にまで追い込まれてしまうものであることを経験的に知っている。

一線を超えてしまうか否かは、ほんの些細な差でしかない。 この10年間に、僕の周りで5人もの人が同じように自ら命をっ絶った(らしい。と言うのは、普通、正式には死因を明らかにしない)。 10〜50歳台、それぞれ一人ずつである。それ以外に未遂が1人。

若い年齢は、衝動的とも思えるほど突然行動を起こす傾向がある。 年を取れば、それぞれ1年くらいの猶予の間に徐々に極限に追い込まれていくようである。

現代に生きるということは、誰もが、何らかの偶然でそういう状況に追いつめられることがありうるということだと思う。

確率的に交通事故が起こるように、確率的に誰かが悪魔のささやきに乗ってしまう。

死んでしまってもう4ヶ月、今年の年賀状と礼状の便箋に残された、やや几帳面な字がやっとYさんの痕跡をとどめている。 冥福を祈る。 合掌

19968

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マルクスは何処で間違ったのか?

弁証法的には資本主義は必然的に行き詰まり、人間開放が一段と進む社会主義に止揚されるはずであった.

しかし、開放されたはずの共産圏の方が、平和共存の目論見が大外れで資本主義の前に自己崩壊するとはマルクスは予見しなっかたであろう。

20世紀を引っ張った二大思想、ニイチェはナチズムに利用され、マルクスはスターリンに無茶苦茶にされ、予想もつかなかったソビエトの崩壊、そして民族主義の復活。

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中国について

12億もの人口を抱える底知れぬ中国とは、一体どんな国なのだろうか。 ソ連崩壊後、曲がりなりにも共産政権を維持しているがこれからどうなるのであろうか。

昨年、2度北京を訪れる機会を得たが、予想をはるかに越えた中国の変貌に戸惑いさえ覚えた。

表面上は、完全に共産主義ではなくなっている。 驚いたことに、あの文化大革命が全く負の歴史として捉えられていることだ。 親しくなって、いろいろ話してみると結構自由に意見を述べてくれる。

庶民のレベルでは、やはり、ベトナム、ロシア、朝鮮に対し余りいい印象は持っていないことが判った。

それに対し、日本に対する感情は、日本で報じられているほど悪くはないことが肌で感じられた。 (南京の様なところでは違うのかもしれないが)

考えてみれば、日本と中国はほんのこの間以外は、ほとんどの時代良い関係であった訳だから当然といえば当然なのかもしれない。

中国の知識人の間では、共産主義の失敗は自明の理だが、さりとて急激な改革開放は社会混乱をきたすので、人気のない李鵬でも混乱よりはマシとの認識が平均的な意見のような気がした。

確かに、この国の歴史を見ると秦の始皇帝だけでなくなかなか過激な歴史を刻んだ国だけに、島国日本の常識は通用しない。 しかし、この国の将来は気になる所である。

1996

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我々は何処からきて何処へ行くのか?

ゴーギャンの問に対する1つの自己納得 回転ドラムの上を歩く蟻にとってその世界は2次元平面であって、行き着く先に終着点はない無限の平面である。

其の様を、上から眺めている私は3次元空間におり、蟻の誤謬は理解できる。 果たして、我々の世界は、3次元空間に時間軸を足した4次元世界である。

2次元平面にいた蟻がドラムの平面の有限性を認識できないように、我々は4次元世界のことまでしか認識できないのではないか。

4次元の我々の世界で理解しがたい(認識不可能)事柄は(この例はすぐに見つかる。たとえば1Mの紐を数学的に3分の1にするには割り切れないけれど、はさみでちょん切れば現実的には3等分できる等々)、5次元世界から見たらどう見えるのであろうか?

ひょとすれば、来世は5次元世界?輪廻とはこれらの世界を渡り歩くこと?

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プラス思考のすすめ

人の陥りやすい思考法は、完全、あるいは理想のレベルから、現実の状態を引いてしまうことである。

そうすれば、ほとんどの人は余りの未熟さ、未完成さに驚き絶望してしまう。

どうして、其の逆をやらないのか。昨日の自分と、今日の自分を比較してどれほど高まったかを楽しめばいい。

勉強も同じである。できない問題に×印を付けるのではなく、できた問題に○ 印を付けることである。 努力していけば、○印が増えていくことで励みになる。×印を付けると最初からやる気が失せてしまう。

人間関係も然り。他人に期待するから、期待したものから現実を引き算して、裏切られるのであって、最初から期待しなければ失うものはない。むしろ得たものを大切にする。

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働いている時間は、囚われの時間か?

日本人は働きすぎだといわれる。労働時間の短縮が人間開放の道のようにいわれる。

この考えの元には、働く事が、人々の人生にとって、忌み嫌うべきあってはならない生に対しての対立したものとして考えている。

本来の労働はそうではないはずだ。労働を通じて、世界に関わり、自分の生を豊かにするもの、楽しむもの、であるのではないか。

西洋を悪く言うつもりはないが、労働を悪として捉える考え方は、どうもあちらの考え方のように思う。

ローマの時代から、労働は奴隷のする忌み嫌うものとして扱われたのではないか。

休暇の時だけが、生を実感できるという其の考え方がおかしい。働いているときは評価されないとすれば、人生の大半は死んだのと同然ではないか。

働く事を通じて、自分の生を実感できるのが、本来の労働ではないのか。 働く事が大好きな日本人の労働観は、そんなに悪い事ではない。むしろ、もう少し積極的に評価すべきである

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人の能力差について

偏差値教育の弊害が叫ばれて、公教育の現場では能力の差を論じる事はタブー視されている。

しかし、現実には歴然とした差があるのは事実である。それは素質の領域にも重なる。

たとえば、10人を100m走らせれば必ず差ができ、それは、運動能力の差であると、案外素直に世の親たちに受け入れられる。

にもかかわらず、英語の単語を覚える暗記能力や数学の問題を解く能力には、なかなか其の差を認めたがらないで、素質のない子どもにまで無理強いを平気で強いる。

だから、運動能力や芸術能力関しては、あっさりと其の差を認め、英才教育を是認するのに、数学や科学の分野では、それを認めないたがらない傾向があるのも同じ心理である(この分野での差は認め難い事と認識する)。

能力、素質には差がある事を認め、低レベルに合わせた横一線の教育を是正し、それぞれの素質能力を最大限伸ばす教育制度に改めなければならない。

そして、このすばらしい素質、能力は個人のものではなく、世界の共通財産であるという認識を広めていくことが大事である。

事実、1人の天才の出現が大きく世界福祉に貢献する。アイン シュタインを、オリンピック選手にしようとしたらもったいない。

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ジョギングのすすめ

若い頃は、生命力が高いので無理をしてもさほど応えないが、年を食って来るとそういう訳には行かない

人生80年として、40は丁度折り返し点。体力的にはこれから引き算人生。そう思ったとき、自分の肉体がいとおしくなった。

昔、研究生活をしていたとき、細胞の組織培養をやっていた。 生体から取り出した細胞は最初は試験管の中の人工条件では増殖はしないが、過酷な条件に慣れるてくるにしたがって次第に強くなり、そのうちその環境に馴化され増殖しだす。

細胞レベルでそうであることは、トータルな固体レベルでも成り立つはずであると確信した。

それまで何回か試みては挫折したジョギングを40の年から再開した。爾来、足掛け9年続いている。

もはや、日常の一部と化しているので、多分、体力が許す限り死ぬまで続くだろう。

体調は良い。肉体労働である授業も楽にこなせるようになった。
そして精神的にも(ストレスに耐性ができる)健全になる。 肉体と精神は密接な関係があることを実感する。

ジョギングは、金はかからない、人とは争わないし、人に合わせる必要もない、全く自分のペースでできる。

こんな良いことをどうしてみんなはやらないのか不思議で仕方がない。 経験的に獲得した、ジョギングを続ける秘訣を伝授しよう。

  1. 組織培養の細胞を強くイメージする。
  2. 早朝ジョギングはやらない。寝起きにの状態はまだ体が100%起きていない。その状態から急激に立ちあげることは体にはストレスになる。 僕も何回か、朝に走ったがその都度挫折した。朝に走ると、1週間目ぐらいは、体の異常興奮から調子が良いようにおもえるが3ヶ月も続けるとボディブローのようなストレスから、体に異状をきたして来る
  3. 照れくさがらない。近所のおばさんの視線は無視する。何年も続くとそれが景色になってしまう。
  4. ジョギングは、体がしっかり活動しているときやるのが良い。僕は夕方食事の前にやっている。
  5. 余り多くの時間を取らない。準備体操は入念にして、走るのは最初の1ヶ月は2〜3分くらいで良い。調子が良いからといって走る時間を決して延ばさないこと。8年間走っている僕は距離で2キロメートル。 約10〜13分である。トータルの必要時間はせいぜい30分以内。もう少し走りたいなでやめる。これくらいの時間はだれでも都合がつくはずだ。
  6. 走りはじめると、どうしても毎日完璧にこなさないと我慢しきれなくなって来る。ここが挫折の、最大原因。何かの都合で走るのが途切れるとそれまでの緊張がいっきに瓦解し全てがだめになったような気になる。 調子の悪いときは、さっさと休む。休んだことで自分を責めない。元気が回復すればまたやればいい。この心境が大切。簡単なようでこれが難しい。
  7. 1日に1回血流を上げると、血管に付いたコレステロールも剥がれ落ちる。毛穴から汗をいっぱいに吹き出させて体の老廃物を一掃すれば爽快である。その後一風呂浴びて冷たいビールをごくりとやれば生きていることを実感する。 この年にして、20代の体型を保っている。ジョギングのおかげである。

続ければ、四季折々、その人だけにしかわからない色々なことが判って来る。これ以上、楽しみの種明かしはしない方がいい。あなた自身で体験してほしい。

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教師のしごと

「僕はだれ」で説明したように、民間会社勤めを経て教師になった。会社勤めのときには、自分自身はサラリーマンの異端で完全にそのものになりきれず、社内でのぎこちなさを自覚していた。 転職するのなら、お金の問題は度外視して、僕にとって、教師しか選択枝はなかった。 にもかかわらず、やはりここでも、余りにも特殊性がありすぎて、この集団にも、なんとなく異端でしか居れないのではないかと思う。 2つの職業を渡り歩いた経験を元に、教師の職業・世界について極めて主観的な 若干の考察を述べてみたい。

  1. 今はだいぶ改良されてきたと思うが、この世界は、人的交流には、極めて閉鎖的なしくみになっている。特に、民間からの転職には前歴の評価に差別的な格差がある。たとえば大学で、就職もできずに研究生としていた期間は100%の評価になるのに、民間で働いていた期間は、それが研究職であっても80%の評価しかない。
    教師は、社会に出て色々な経験を持った方がいいと思うのに、制度的にはそれを閉ざしている。 自分がそうであったから、ひいきめな見解かもしれないが新卒で教師しか知らない先生は世間知らずで、考えが狭く、独善的な人が多い気がする。(しかしこれも独善的?!同じ穴のむじな)
  2. 夏休みのように、休暇が多く楽な職業と思われがちだが案外しんどい。会社にいたときは休日は文字どおり全く休日であるが、教師は授業のことや諸々のことがあって、場所を選ばず常に自己研鑚に勤めねばならないので休日でも休日のような気がしない。
    教師に精神疾患が多いのは、この精神的なストレスにある。特に数学や英語はしんどいと思う。(最悪は自殺もありうる)
  3. 先生といわれる職業は孤独である。未熟であろうがベテランであろうが教室の中で生徒に対峙すれば全く同じ。全て自分一人でで対処しなければならない。
    会社なら新入社員は見習いから入り仕事は組織でこなしていき失敗はフォローされるが、其の点、教師は1人でかぶらねばならないので、実力がなければ苦しい。
    生徒が騒ぎ、授業が上手くいかないとき、其の理由を、先生はしばしば、馬鹿な生徒のせいにしたがるがそうではない。分からないから騒いでいるのであることを理解しない。
    自分の授業のやり方の評価を、生徒に聞いてみるのもよい。若い生徒に馬鹿にされたらと知ったかぶりをしてかかると生徒は即座に見抜いてしまい、総攻撃にあう。その結果、体罰事件につながっていく。
  4. 先生という職業は、黒子の役である。決して主役ではない。主役はあくまで生徒様。主役になりたいんであれば、教師を辞めるべきである。
  5. 教師の主戦場は教室(授業)である。主戦場で失敗すれば何をしてもだめ。親切ごかしのやぶ医者が、危険であるのと同じ。
  6. 教師は余り鮮明な色を出すべきではない。自分が色を持つと生徒にも色を付けがちで、違う色を排斥してしまう(感受性鋭い相手も警戒する)。何色にも染まりうる白色を表面に持つとよい。
  7. 教師は、親たるものの気持ちを理解するべきである。
    親は子のためには理性的にはなれない矛盾に満ちた状態になるものであることを暖かく理解することである。
  8. 資本の論理に縛られる会社よりは精神的には自由度は多いが、其の分、この世界は無秩序である。
    教師が1つの考えで1枚岩になれば、圧死する生徒が出て困るがバランスの取れた秩序も必要。これが難しい二律背反。校長の腕の見せ所か?
  9. 以上、全ての学校に適用するとは思わないが、教師をしていて気付いたことをウトウトト。

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